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いまこそ百田尚樹に読ませたいジェンダーSF傑作33選。

 暴言王に、おれはなる!

 と、そういうわけで、われらがあらぶる失言王、保守界隈の大看板、ネトウヨ業界のビッグスターこと百田尚樹さんがまたまたろくでもない理由で炎上しているようだ。

 まあ、発言もとんでもないのだけれど、そのイイワケに「SF」をもちいるところがまたいやらしいということで、SF作家やファンの皆さんはだいぶ怒っておられるみたい。

 いや、その怒りは完全に正当にして当然だと思うわけなのだが、百田さんが重度のセクハラオヤジ病にかかった可哀想なキャラクターであることは以前からわかっていたわけで、個人的にはいまさらどうとも思わないかな。

 こういうどうしようもない認識の昭和オヤジっているよね、という程度の感慨かと。

 いい換えるなら、大昔はこの種のどうかしているオヤジが社会の多数派にして主流派であったと考えられるわけで、やっぱり「昔は良かった」ってウソだよなあとため息のひとつも吐きたくなってしまう。

 いやほんと、あらゆる意味でお話にならないレベルの主張というしかない。

 ただ、おそらく少子化の原因を女性の社会進出に見、女性の人権を制限すれば解決すると信じる類の主張は、少なくともインターネットにおいてはかなり広く受け入れられるものであり、そのレトリックの巧拙を除けば、同じような内容のことを語っている人は少なくないものと思われる。

 常識的に考えれば少子化の進行からいきなり「出産に年齢制限を設ければもっと女が子供を産むだろうに!」まで飛躍することはありえない話ではあるのだが、内心で少子化を単に「女性問題」と受け止めている人はわりに少なくないのではないかと。

 だから、今回の発言の特徴は発言のトンデモ度より何より「SF」という概念を使用してその正当化を図った一点にあると思うのだ。

 とはいえ、すでにSF文学そのものとその種の「毒」が無関係だとする意見に対する反論も出てきていて興味深い。

 私見では初期日本SF作家たちの文学的成果とそのホモソーシャルなノリはあきらかに関連しているところがあるように思えるわけで、「SFはまったく無害な空想の小説なのに、百田のやつときたら!」と怒ってみせることは適切ではないと感じられる。

 しかし、その一方、SFは現在に至るまで一様な性のありようを批判的に検討するジェンダーSFの成果をたくさん生み出してもきた。以下ではそういった作品を少し紹介していきたい。

 どうせ百田尚樹にかこつけて自分の好きなものを広めたいだけだろと思われた方、その通りです。ぼかあ、保守的なジェンダー感覚をかく乱する小説やらマンガやらが好きでねえ。まあ、このご時世では保守的なことが悪いともいいがたいけれど。

 さて、SFファンならぬ一般の方々にとってジェンダーSFという言葉は耳慣れない響きかもしれない。しかし、国内外のSFで広い意味でフェミニズムの影響下にある作品が多数描かれてきたことは客観的な事実である。

 C・L・ムーア、アーシェラ・K・ル・グィン、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア、マリオン・ジマー・ブラッドリー、萩尾望都、よしながふみ――絢爛にして奔放たる性差/生殖SFのラインナップがあるわけであり、つまりSFは一枚板ではありえないことになる。

 ぼくはべつだんSFの専門家でもディープなSFファンでもなく、ジェンダーSFの歴史を一覧することはできないが、良い機会かもしれないとも思うので、ちょっとここで宣伝してみたい。

 たとえば古くは、女性であることを隠してSFやヒロイック・ファンタジーを書いてきたキャサリン・L・ムーアという人がいる。

 彼女の①〈ノースウェスト・スミス〉シリーズは火星や金星を舞台とした典型的なスペースオペラの見た目をしていながら、その実、「女性的なるもの」を象徴する妖異な美女たちによって主人公の男性性が常に危機に陥りつづけるという独創的な内容である。

 そのなかでも絶品とされる「シャンブロウ」は、いま読むとほぼどこかの同人誌としか思えないというかどうにも18禁の同人誌を作りたくなるような一面がある。

 その妖しい倒錯のエロティシズムは発表された時代を考えると素晴らしいとしかいいようがない。

 また、同じムーアのヒロイック・ファンタジー小説②〈ジレル・オブ・ジョイリー(処女戦士ジレル)〉も、可憐にして強い女性主人公を用意しながら、どうにも妖しい雰囲気で、男性作家が書く常識的なヒロイック・ファンタジーとはまったく異なっている。

 現代日本人にとってはひじょうに親和性を感じる話ではあるのだが、大昔のアメリカで書かれた作品であることは驚異的だ。

 ル・グィンのいわずとしれた③『闇の左手』は、おそらくジェンダーSFの最高傑作のひとつにして最も有名な作品だろう。

 あまりにも名高い名作であり、SFのオールタイム・ベストのなかにもしばしば顔を出すくらいの小説なのだが、意外に高いハードルを感じて読んでいない人も多いかもしれない。

 じっさい読んでみるとそこまで難解な作品というわけでもないので、この機会にいかがでしょうか、とぼくは誘惑する。

 あるいは、ティプトリー。男性の名前で活動しつづけ、その存在そのものがジェンダーSFといえそうな伝説の天才作家なのだけれど、あの有名な「たったひとつの冴えたやりかた」の他に、いくつもの珠玉としかいいようがないジェンダーSFを書いている。

 ④「男たちの知らない女」などまさに問題作で、この世界を知らない人に対しこういうSFもあるんだよと示してみたい気がする。もちろん、単に「フェミニズム的」という表現には収まり切らない水準の作品だ。

 で、また、コニー・ウィリスのきわめてショッキングでスキャンダラスな⑤「わが愛しき娘たちよ」もめちゃくちゃすごい。

 ウィリスという人はとくにフェミニズム色の強い作家ではないので、べつだん男性を批判する意図でこの小説を書いたわけではないとは思うが、一本の小説としての冷徹なまでの計算が隅々まで行き届きすぎていて結末の衝撃が凄まじい。

 通常、ひとがSFと聞いて想像するものから逸脱していることはなはだしいだろう。むしろ男性読者に読んでもらいたいかも。あるいは強烈な反発を感じるかもしれないが……。

 ブラッドリーという作家は何だかなつかしい名前だが、往年の⑥『アヴァロンの霧』や⑦『ダーコーヴァ年代記』(うわあ、ほんとになつかしい)でジェンダーをテーマにしている。


 『アヴァロンの霧』はアーサー王伝説を女性の視点からひっくり返してみせたファンタジー小説の名作で、アメリカではベストセラーになったとか。何しろ分厚いので読み通すのは大変な本だけれど、まあ名作とされているようですね。

 そして日本に目を向ければ、華麗なる萩尾望都の⑧『スター・レッド』や⑨『マージナル』といった作品がある。

 『マージナル』は男性ばかりの荒廃した世界を描いた物語で、萩尾作品を読み解く際、重要な意味を持つと思う。一般的なボーイズ・ラブとは似て非なる物語だ。ぼくはいまだにこの作品を理解し切れている気がしない。

 そして、よしながふみ⑩『大奥』。ぼくはよしながふみのマンガがあまり好きではないのだけれど、しかしその圧倒的な重厚さは認めるしかない。

 一見すると「男女が逆転したから、だから何?」というレベルの物語にも思えるのだが、じっさいの射程はそういったところに留まらない。文句なしの傑作である。

 ちなみに、内容的にまったく無関係とも思えるあの⑪『終末のハーレム』がこの作品とある意味でシンクロしていることにこのあいだ思い至った。

 『終末のハーレム』はいかにも無邪気な男性向けハーレムエロマンガに思えるのだが、主人公のひとりが最後には種馬あつかいされることにいやけが差してくるあたりが面白いのだ。

 このマンガをジェンダーSFと呼ぶことには何だか抵抗があるが、ひょっとしたらじつはそうなのかもしれない。

 マーガレット・アトウッドの⑫『侍女の物語』なども文学史的には有名だろう。

 Amazonでは「男性絶対優位の独裁体制が敷かれた近未来国家。出生率の激減により、支配階級の子供を産むための「侍女」たちは、自由と人間性を奪われた道具でしかない」と書かれているけれど、まさに最近どこかで聞いたような話ですね。どこだったかなあ……。

 ファンタジーないしホラーではあるが、タニス・リーの⑬「黄の殺意」はリーの数ある作品のなかでも超ド級の傑作なので、小説や文学が好きな人は読んでみてほしい。

 善/悪、昼/夜、男/女といった、ありとあらゆる二項対立的な構図を越境する主人公を描く魔性の小説。いやあ、すごいよ。

 リーだと他に代表作⑭『死の王』の主人公が性別があいまいな越境的キャラクターでしたね。『死の王』も凄いぞ。ひとつリーの最高傑作という次元を超え、20世紀文学の最高の成果のひとつといえるのではないかと。

 また、知る人ぞ知る超強烈なSF作家オクテイヴィア・バトラーの短編⑮「血を分けた子ども」は「究極の男性出産SF」といわれる作品で、まあいろいろすごい。

 人工子宮が常識化した時代に自然出産を志す人たちの社会を描く⑯『バルーン・タウンの殺人』なんて一風変わったミステリもありましたね。

 生殖テーマだと⑰『WOMBS』という異端異形のマンガもある。「妊娠/出産」と「戦士/戦争」というエロスとタナトスを象徴する題材を混沌と混ぜ合わせた恐るべき作品。ちょっと永野護⑱『ファイブスター物語』に一脈通じるものがあるかも。

 妊娠テーマのSFだと小野美由紀⑲「ピュア」という作品もありますね。いきなり主人公たちが男性をレイプする場面から始まる強烈な小説で、ぼくは好きだなあ。⑳『レベルE』にこんな話あったなと思い出す。

 荻原規子㉑『西の善き魔女』は女の子の視点から「男の子中心の物語」をひっくり返してみせた人気作。主人公がだんだん腐女子的な考え方に毒されていくあたりが可笑しい。また、小野不由美の㉒『十二国記』も広い意味ではジェンダーを問い質している一面がありますね。

 あと思いつくものとしては村田沙耶香㉓『殺人出産』なんかがあるか。これも性と死と生殖を巡る物語なのだけれど、ぼくはいまでも理解し切れている気がしない。でも常識的な性のあり方を極限的なシチュエーションで無効化するこの種の小説はSFの本道という気がする。

 また、ほとんど邦訳がないストーム・コンスタンティンの㉔「無原罪」、同じく邦訳が限られているエリザベス・ハンドの㉕「アチュルの月」なんかもダークで耽美なジェンダーSFの成果といって良いかと。いずれもアンソロジー『この不思議な地球で』収録。

 ここら辺のどうにもBL的というか「やおい趣味的」な海外作家さんたちは、きわめてぼくの好みっぽい雰囲気がぷんぷんただよっているのですが、もっと翻訳されないかな。いや、ひとりごとなので気にしないでください。されるわけないのはわかっている。

 やっぱり耽美だけどより異性愛的というか少女マンガ的でちょっと毛色の違う作家としてはアンジェラ・カーターという人がいて、まあ文学畑の北米マジック・リアリズムとかの文脈で語られる作家さんなので「ジェンダーSF」のフレームで見ることは正しくないのかもしれないけれど、たとえば『血染めの部屋』に収録された㉖「野獣の求婚」という小説を読んでいただきたい。絶品です。

 ここで男性作家の作品に目をやると、たとえばハインラインが書いた性転換フリーセックスSFなんかがまず思い浮かぶ。㉗『悪徳なんてこわくない』とかかな。

 晩年のハインラインは「なろう小説でもここまでやらないぞ」って感じの「何でもあり」小説を書きまくりましたが(SFなのに並行世界のオズの国が出て来たりする……)、まあジェンダーSFとして評価することができる内容とはいいがたい。

 さらに思いつくままにつらつら書いていくと、これもジェンダーSFとはいいがいだろうが、柾吾郎㉘『ヴィーナス・シティ』で白人男性が仮想空間において「女性器のカタマリ」の姿にされてレイプされる場面はあまりに強烈で忘れがたい。

 「スタージョンの法則」で有名なシオドア・スタージョンもどうやら男性中心社会に違和感を抱いていたようで、いくつもジェンダーSFを書いている。㉙『ヴィーナス・プラスX』とか。

 余談ながらスタージョンはブラッドベリどころではない大天才だと個人的に思っているのですが、日本での知名度がそこまで高くないことはちょっと哀しい。

 ヴァーリイもかれの未来史であるエイトワールドものでさかんに性転換を描いていますが(㉚『スチール・ビーチ』とか途中で主人公の性別が変わっちゃうんじゃなかったかな)、バ美肉とかはやっているいまの日本人にとってはとくに衝撃はないだろうなあ。現代日本の状況は良し悪しはともかくどんどんSF的になっていっていますよね。

 一向に続きが出ない飛弘隆〈廃園の天使〉シリーズの㉛「ラギッド・ガール」なんかも当然ながら日本のジェンダーSFを代表する傑作であります。

 ぼくが大好きな㉜『JKハル』シリーズなんかもいちばん広い意味ではジェンダーSFかも。これはマンガ版が素晴らしい出来なので、そちらを読まれてもよろしいかと。

 あ、そういえば早川からは百合SFとBLSFのアンソロジーが出ているから良ければ読んでみてください。SFとBL/百合は相性が良いと思う。SFの足りないところを補完してくれるものがある。

 で、最後に森博嗣の㉝『四季』を挙げたい。くわしくは書けないが、これがなぜジェンダーSFのくくりに入って来るのか、そもそもなぜこの作品に「性」や「生殖」が関わっているのか、森作品の読者ならわかることだろう。まあ、そういうこと。

 何だかだらだら語ってしまった気もするが、そういうわけなので、百田尚樹センセイはSFを語るならここら辺を読まれてほしいですね(とってつけたような結論)。

 まあ、ぼくは百田さんに愛情がないので実のところ徹底して批判するほどの情熱もない。かれの問題点はじっさいには右翼とか保守という思想的態度ともあまり関係がない端的に昭和的、オヤジ的なものに過ぎないのではないかと思う。

 弱者男性が問題視される昨今ですが、「強者男性」の実像って往々にしてこのようなばかげたものでしかないわけで、ほんとに強者になんてなりたいか? ぼくはべつになりたくないぞ、と思ったりする。それはまたべつの議論だけどね。

 SFは現実社会と地続きな意味で面白いので、できれば読んでみてください。よろしくお願いします。ジェンダーSF作家の回し者より。

 どうでも良いが、2015年のセンス・オブ・ジェンダー賞に「オメガバース現象」が入っていることはいまだに納得しがたい。オメガバースは「みんなこういうのほんと好きだよね」みたいな超保守的な嗜好ではと思うんだけれど……。

 世界は謎に満ちている。

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 さてさて、このたび、「Webライター海燕のこの本がオススメ!」というLINE公式アカウントを始めました。

 LINEを使用されている方ならだれでも参加でき、週にいちど金曜日の午後8時からその週のオススメ本についての情報を配信しています(その他、何か要件があるときにもそのつど流しております)。

 もし良ければぜひ、ご参加くださいませ。いまなら「小説家になろう」について書いた好評の電子書籍『小説家になろうの風景』のPDF版をお付けします。よろしくお願いします。

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 また、冬のコミックマーケット105に受かったので、12月30日(月)東地区 “ウ”ブロック-36b(東3ホール) にて、新刊『山本弘論』を頒布します。

 くわしい情報はのちほど公開しますが、先日亡くなった作家について批判的に考察した力作です。ぜひお買い求めください。こちらもよろしくー。

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 あと、ぼくはライターなので、もし良ければ何かライティングのお仕事をください。ぼくは非常な速筆で、たいていの仕事は3日も締め切りがあれば終わるかと思います。ご連絡をお待ちしております。

でわわわ。

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