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第40話 『背後』(BJ・お題 『ハロウィン』)



 あの時からに違いない。きっとそうだ。私が背後に恐怖を感じるようになったのは。小さい頃のあるハロウィンの夜のことだ。この年になっても、この時のことだけはよく覚えている。
 まだ物心ついたばかりの頃だった。お菓子をもらうために近所を歩き回って帰って来てからなかなか眠ろうとしなかった私達兄弟に、父が話を聞かせてくれた。どんな内容だったかは覚えていないが、ブギーマンが出てきたのと、話の最後で父が、早く寝ないとブギーマンがほら、後ろから襲ってくるぞ、と言ったのは覚えている。兄達が半ばはしゃぎぎみに声をあげる中、私は何も言わず怖がった。その夜は悪夢を見、汗だくになった。朝になってもまだ恐ろしかった。幼い私には兄達が怖がるまねごとをしただけで、それ程怖かった訳ではないということが理解できなかった。
 悪いことに、私はブギーマンを知らなかった。未知の恐怖は自分の想像によってふくらんでいく。何も考えまいと思えば思う程、そのすきをついて下らぬ考えを湧かせてしまう。そしてーーこのときが原因だったのだ。今、こうなってしまったのは。

*             *             *

 私には何かが背後から襲ってくるという恐怖がいつもつきまとった。「何か」それを“そいつ”と呼ぶことにする。“そいつ”はある時はおぞましい姿の生き物のようであり、ある時は未知の星の宇宙人のようであり、ある時は地獄の底からはい出てくる悪魔のようなものでもあった。常に言えたことは「――のような」ものということであった。存在もせず見ることも出来ないのだからはっきりしなく、しかし、私にとっての最高の恐怖であった。
 従って私は誰よりも一人になることを恐れ、また、闇を恐れた。たいしたことのないことでつき合わせたりして兄達を怒らせた。親におつかいなどを一人でやらされるのを異常に嫌がり、しかられたりもした。私のこの上ない恐怖という感情に対してまともに受け止めてくれる者はなかった。それは私にとって非常に悲しく苦しいことだった。
 常にある背後への恐怖から、一時期変な癖がついた。壁があるとそこに背中をつけるというものだ。これなら背後から何かが襲って来れまいという訳である。こうすることによって安心を覚えるようになった。一時期、そう一時期だった。さっきも言ったように恐怖というものは、考えなくてもよいことを考えて自分を苦しめる形で大きくなる。壁をすりぬけて背後を襲われるのではと考えたが最後、壁に背をつけても恐怖は離れなくなった。
 私はよく振り向くようになった。背後に何かがいるーーような気がする。何もいないということは頭では十分理解できたのだが。背後を確認することによって、背後への恐怖から解放されるような気がした。再び前を向く。また背後が気になる。振り向く。これを繰り返す。
 確かに、臆病な子供というのはいるかもしれない。しかし、私の臆病は異常であった。
 事実そうだ。大人になっても、私は背後に対する恐怖と、振り向くくせをひきずっていた。
 私は、こんなことくらいではとも思ったが、ためらった末、精神科の医者に相談したてみることにした。だが医者は何も私を救ってはくれなかった。医者からもらった薬にしても全く効果なしであった。
 いっそドラッグに手を出しては。何度も考えた。そうすれば確実に恐怖から逃れられたのであろうが、そうする程私はおろかではなかった。
 背後の気配は日増しに強くなっていった。“そいつ”が気になり背後を見たくてたまらなくなった。“そいつ”は一体何なのだ!“そいつ”はすでにいるという確信に変わった。“そいつ”はいるのだ!

 そしてあの晩、私がベッドでうずくまって下を向いていた中、音、一歩一歩こちらへ近づく足音が。私は震え出した。“そいつ”がついに私の背後へ、そして、ついに私の潜在的願望をかなえてしまった。強い力で私の首をひねり回した“そいつ”。にやりと笑ったその顔は、何と、私の顔だった。

*             *             *

 そしてーー
 その日から私はこのとおり、後ろ向きに首がついているのだ。


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