昭和の時代〜煙草〜

最初に吸ったのは「カレント」という煙草でした。比較的軽くて吸いやすい煙草だったのだと思います。幾つの時、とかは言いませんが、吸い始めた頃ちょうど、伊豆七島の新島とか式根島とかを旅したことがあって、式根島の民宿の前の道路の上で一緒に行った仲間とともに寝転がって吸っていたのを思い出します。

今ほど煙草が悪者ではなかった時代です。当時の僕の行動範囲内に「たばこセンター」なるものがあって、新作の煙草で、そこでだけ売られるものもあって、オレンジ味とか、そういうものも限定で売り出されたりして、わざわざ発売日に買いに行ったこともありました。

ある時、ハッカの粒が売られていることを知りました。そのハッカ粒を煙草の吸口のフィルターの上に2、3粒乗っけて、それをライターで炙るとすっと溶けてフィルダーに吸収されて、そうすると、どんな煙草も「メンソール」になりました。それを愛用していたこともありました。その頃、メンソールタバコとしては、サムタイム、とか、ミスタースリム・メンソール、なんてのがあったんじゃないかと思います。勝手な理解ですが、なんかサムタイムはハイライトをメンソールに加工したんじゃないか、って感じがしていて、ハイライトが好きではなかった僕は、サムタイムもそれほど好きではなかったような覚えがあります。ミスタースリム・メンソールはそこそこ吸っていたような覚えもあるけれど、好きな煙草をメンソール化できるそのハッカ粒の方が気に入っていました。

ハイライトもスター系(セブンスターとかマイルドセブンとか)も嫌いだったので、そういうのは全く吸ってなかったけれど、それ以外の煙草は色々すった覚えがあります。一時期流行った「キャビン」とかも苦手でした。ホープもピースもいいとは思いませんでした。今思えば、煙草があまりあわなかったのかもしれません。

当時手巻きタバコとしてはドラムしか入手できなくて、これは美味しかったことを覚えています。キャンディーのケースにドラムの葉っぱを入れて、そのつど紙に巻きながら吸っていたことを覚えています。

嗅ぎタバコというのを入手して、これは面白い煙草で手の甲に粉末を少量乗っけてこれを吸い込むのですが、なかなかに良くて、吸いすぎて酩酊して吐きそうになったこともありました。

タバコをやめる前の頃に吸っていたのは、紙巻きタバコではゴールデンバットでした。これはもともとは、いろいろな煙草のクズをあつめた煙草、ということだったようですが、僕がすっていた頃はゴールデンバットはゴールデンバットとして作られていたのではないかと思います。クズ煙草、というような感じではなく、甘くて美味しい煙草だったので。緑色のパッケージに入った両切りの煙草でした。他の煙草に比べで安価でした。

でも、その頃一番好きだったのは、アンフォラというパイプ煙草だったと思います。
ぼくの父親はハイライトを吸う人だったのですが、何故かある時期パイプを持っていて、けれども彼にはあまりパイプは合わなかったようで、全く使っていませんでした。
何がどうしてそうなったのかは覚えていませんが、そのパイプをぼくはある時期から使っていて、その頃好んで吸っていたのがアンフォラ(今ネットで検索してみたら、アンホーラというようですが、ぼくはアンフォラと読んでいました)でした。

パイプ煙草は面白くて、ちゃんと吸うためにはいろいろな道具が必要だったり、一定の煙草の葉をどれだけ長く吸うことが出来るかっていうコンテストがあったり。うっかり吸っていると煙が熱くなってしまうのですが、煙は冷たいのが上等で、そのように吸えることがパイプ利用者に求められるスキルでした。

また、パイプは、長く使っていると少しずつ育っていくような、そんな面白い道具でした。煙草の葉っぱをいれるボウルの部分は、吸っていくにつれてその内側に脂のような何かが付着していって、それがボウルを持つ手に伝わる熱を抑えるようになっていくので、それを綺麗に付着させるのがパイプを吸う人に求められる作業でした。
海泡石を使ったパイプとなると、一代では育てることが出来ず、親から子に伝えられて二代、三代を経て上等なパイプに育つもの、と当時聞いて、そんなふうにパイプを育てられたら、と思ったこともありました。

ぼくの父親のパイプを使うようになって、それなりに育っていて、いい感じの艶も出てきて、というような状態だったのですが、ちょっとした過失でそのパイプは失ってしまいました。

今ぼくはもう煙草は吸いませんが、パイプは一本だけ持っています。家人が誕生日のプレゼントに贈ってくれたものです。スタンウェルのフェザーウェイトのブラウンポリッシュの107というもので、今ネットで検索したら「量産品」ということのようですが、既に販売も終わっている、でも、それなりの値段のするパイプです。贈ってもらったしばらく後には煙草を吸わなくなったので、残念ながら、あまり味のある雰囲気には育っていません。
でも、ぼくにとっては大切なパイプです。

そう言えば、キセルも吸ったことがあります。当時刻みは「小粋」というのしか売られていなかったかと思いますが、やはり甘口の美味な煙草でした。やはり、煙草を吸わなくなってしまったので、今、刻みの世界がどうなっているのか知りませんが、ボウルに葉っぱを詰めて吸う煙草としてはキセルもパイプも同様でしょうが、僕は、キセルの方が性に合うなぁ、と思ったことを覚えています。
例えばシャーロック・ホームズのように沈思黙考しながら長々と吸うのがパイプであれば、一瞬のひらめきを求めて吸うのがキセルじゃないかなって。まぁ、短時間で吸えるっていう意味で、せちがらくかつ性急な日本人、あるいは「江戸っ子」には、キセルが良かったのかしら、なんて思います。キセルってパッと吸って、パッと落とす感じがよくて、キセルを長々すっているのは、ちょっと嫌味な感じがするな、というのがぼくの感じです。

僕はもうずいぶん煙草を吸わなくなってしまいましたし、僕には直の子供はいませんが、親が子供に残すアイテムとして、パイプは今もぼくの中では筆頭のアイテムのひとつです。ぼくの107は今も僕の手元にあって、僕がいなくなったら、そのパイプが持っている歴史とかもいっしょに亡くなってしまうのだろうと思いますが、そういうものを誰かにどのようにしてか、伝えられる世界もそれはそれでいいんじゃないか、と思います。
時代の中で、煙草は悪、なわけですが、パイプは文化財で、それを今も使う人は無形文化財なんじゃないか、とも思います……


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