見出し画像

ショートショート【マスクが隠していたもの】

仕事が終わり、家路につく。
スーパーに寄らなきゃ。
冷蔵庫の中が空っぽだったな。

30を過ぎ、彼氏なし、一人暮らしの私は夕飯を自分で作り一人で食べる。

いつものスーパーに寄る。
さて夕飯は何にしようか。
面倒だからお惣菜を買って食べればいいか。
私はお惣菜コーナーへ向かう。

すると向こうから親子が歩いてくる。

「ねーねーママ、唐揚げが食べたい!」

「唐揚げね、これでいいかしら」

「いやだ!ママが作った唐揚げがいい!」

どうやらお惣菜の唐揚げは嫌らしい。
今日のおかずは唐揚げが良いかなと考えていた私の身にもなれ。

どうやら今の私は少しイライラしているらしい。
業務終了間際に部下の子の企画書が突飛すぎて、私は注意した。

「アイデアコンテストじゃないのよ。現実的な案を考えてきて」

「確かに突飛だったかもしれません。しかし私は〇〇商品のデメリットを改善した新しい商品を…」

「もういいわ。今日は終わりにしましょう」

常識を逸脱しすぎてそんなの通るわけないじゃない。
最近の子は本当に何を考えているの…

また仕事のことを考えてしまった。
プライベートの時間ぐらい忘れないと。
どうしたんだろ。もう最近はイライラばかり。

「今日はお惣菜の唐揚げで勘弁してね。今度作ってあげるからね」

「はーい」

結局この親子はお惣菜の唐揚げにしたのね。

「くしょん!!」

目の前の親子がくしゃみをした。
ママの方だ。腕を鼻に当てていた。

なんでこのコロナ禍でマスクをしていないんだ?
一方で周りに申し訳なさそうにキョロキョロしている。
そんなことならマスクぐらいしなさいよ。
こんなご時世なんだから。

「ママ大丈夫?」

「大丈夫よ。くしゃみしちゃっただけ」

大丈夫ではないだろ。
もう本当嫌になる。
イライラ、イライラ。
そんな私にイライラ。

「やっぱりママ、マスクするね。みんなに迷惑がかかっちゃうの」

はじめからそうして欲しかった。
余計な気をまわさずに済んだのに。

「嫌だ!マスクはしないで!」

子どもが叫ぶ。
しつけぐらいはしっかりしてよ…

「マスクしたらママが笑顔かわからないもん!パパが笑顔でいろってそう言ったもん!」

「そうね。パパはずっと見てるって言ってたもんね。おこられちゃう。」

「そうだよ。パパは天国でいつも見てるんだ!」

私は全てを察した。
あの子のパパが亡くなったんだ。

もちろんマスクは大事だけど、あのママは飛沫が飛ばないようにと人を避けて歩いていた。
最低限エチケットはしていたのだ。
子どもがあんなに嫌がるなんて、パパが亡くなったのも最近なのだろう。

マスクをしていないからと私は、すぐに悪人のレッテルを貼った。
本当に愚かだ私は。
私は何も見えなくなっていたのだ。
マスクを心にまでかけてしまっていた。
心にだけはマスクをかけてはいけない。
人が本当に大切にしていることを見失ってしまうから。
あの親子はわかっていた。

「明日、あの企画書もう一度見直してみるか…」

私はお惣菜コーナーの唐揚げに手を伸ばす。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?