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「批判されない医療はない」からこそ。

昨日は研究計画書を無事に提出し(大学院に入学してからこの1年間の集大成みたいなもの)、ほっとしたのも束の間、今日締切の原稿をせっせと書いている私です。

本当はこんなに切羽詰まるはずではなかったのだけど、体調を崩してしまったのがイタかった。かれこれ3週間くらい不調続き。ずっと元気な前提で予定を組んでいたことを今さら後悔しています…。
(※普通に日常生活が営めるくらいには元気ですよ!!)

さて、昨日shareした、公立福生病院の人工透析中止の問題について、宮子さんが書かれた記事を読んで考えたことを少し。
(※宮子さんは、この時の方です→なぜ看護師は仲間の多様性を認められないのか?

「年寄りだから蘇生しないのが当たり前」といった感覚は、医師としてやはり怖い。患者の立場で、「無理して生きたくない」と思うのは自由ですが、医療者としてその感覚で医療に望むのは、やはり恐ろしいことです。

以前、下記のような事例について、看護師とディスカッションをしたことがあります。「もうあと数日で亡くなると予想されている患者さんに、新たな病気が発覚した。その新たな病気に対する手術をすべきか、そうでないか。全身状態が悪いので、手術中に亡くなってしまう可能性も高い。しかし、患者さんはまだ20代。ご家族は、『何もしなくてもダメなんだったら、いちかばちか手術して欲しい』と希望している」という内容でした。話題提供をした看護師は何が引っかかっているのだろう?と思いながら聞いていると、その看護師は「こんな患者さんに手術をするのは、患者にとって負担になるから良くない。手術をやめさせたい」と強く考えているようでした。そしてそのことに、おそらく彼女は気ついていませんでした。

何が言いたいかというと、私たち医療従事者だって人間だから、完全に「中立」でものを考えることはできません。各個人がどのような思想や価値観をもつのも自由です。ただ、「患者さんにとっては、どうすることが良いだろう?」と考えるとき、その「良い」は「私が良いと思っていること」になっている可能性があることには、自覚的にならなければいけないと思います。

そうでないと、「年寄りだから蘇生しないのが当たり前」という価値観が「当然」で「絶対」なのだと誤解してしまい、異なる価値観をもつ患者や家族に対して、「何度説明しても理解してくれない」「何もわかっていない」と不満を抱き、患者・家族を批判することにつながってしまいます。

医療に関する議論は、さまざまな矛盾を含みます。その意味で、私は「批判されない医療はない」と書きました。ここで書いた経験も、身体抑制なしに医療が行えなかった事実があります。その点からは、たとえそれ以外がいやりようがなかったとしても、批判はあってほしいと思います。
批判を受けとめ、自らの倫理性を保つ。これが専門職のあり方だと考えます。

そう、結局、「絶対に正しい答え」はないんです。

1人暮らしの高齢の男性。不自由な身体でも、なんとか一人で生活をしていました。ある時、体調を崩してしまい、心配したご家族の希望もあって、「念のため」入院。入院すると、「こけると危ないから」と自由に歩かせてもらえなくなり、自分でできることはどんどん減っていきました。自炊をして食べることが大好きだったのですが、病院のご飯は口に合わず、食べる量も少なくなりました。点滴が始まります。結局、この方は自宅に帰ることができませんでした。ーーあの時、『念のため』入院させなければよかったーー
でも、もしも入院せずに自宅で療養をすることになっていた場合、家の中で倒れて、一人でお亡くなりになっていたかもしれません。そうなっていたら、入院させなかったことを後悔するでしょう。

私は、「批判されない医療はない」という宮子さんの言葉をみた時、ある種の安心感をおぼえました。「あの時、こうしていた方が、患者さんにとって幸せだったんじゃないか」「あの日だったら、一度は家に帰れたかもしれない」など、臨床現場にいることが少ない私ですら、思うことはたくさんあります。自分の力不足は振り返って反省しつつも、「批判されない医療はない」という言葉もまた真実なのだと思います。

医療者はどう配慮しても、患者さんに対して権力者になり得る存在だと思います。批判をいただくことで、はっとし、自らを振り返ることができます。批判をいただかないようにするのはもちろんですが、やむを得ない場合には、それを生かすのもまた、専門職としての努めだと思うのです。

いくら気をつけていても、医療の世界にどっぷりつかっていると、どうしても感覚が鈍っていきます。だからこそ、批判というかご意見をいただけるのは非常にありがたい。良い医療が提供できる/受けられる社会は、みんなでつくっていくものなんですよね。医療従事者だけが頑張ってもだめ。

…ということで、皆さま、今後ともどうぞよろしくお願いいたしますm(__)m


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ありがとうございます(*^-^*)
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看護師です(^^)大学病院の救命センターに勤務した後、出版社に転職。その後また看護の世界に戻り、大学院生活を満喫した後、2020年4月から大学教員になりました。大学院では看護管理学を専攻していました。研究テーマ&最大の関心事は『特定行為に係る看護師の研修制度』です(*^-^*)

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コメント (13)
ZHENJIさん コメントありがとうございます。お父様の状態は詳しくわかりませんが、「寝たきり」の状態で3年間も過ごされているとのこと、ご家族等周囲の方がきちんとケアされているのだなと思いました。私も看護師としてそのような方に関わることはありますが、「点」だけです。ずっとお父様のケアをしつづけておられるご家族の方の心情は、察するに余りあるものがあります。

お母様のお気持ち、その意思を尊重したいけれど…と悩まれるのも当然と思います。そして、現実問題として、突然「何かあった」ときに、救急車を呼ばない/医療機関に行かないという選択をすることは、非常に難しいと思います(縁起でもない話ですが、死亡確認の問題などがあり)。
人工呼吸器はつけないでほしい、心臓マッサージはしないでほしい…など、具体的に話しておくことが大事ですが、それも実際にそういう場面にならないと分からないことが沢山あります。

そういった決断は簡単にできるものではないし、揺れ動くのも当然と思います。人ぞれぞれ大事にしたいものや価値観も異なりますから、唯一の正解なんてない。だから、看護師である私も悩む日々です…。
Kayaさん、
お返事ありがとうございました。

唯一の正解なんてない、本当にそうですね。
精一杯、そのときできることをやるだけなんだろうな…と日々感じています。

ただ、こうしてお話を聞いていただけて、お返事までいただけたこと、
何だかそれだけで気持ちが軽くなったような気がします!

ありがとうございました。
初めまして。長谷川です。この2月17日に大腸がんの摘出手術を受けました。これから抗癌剤治療を半年受けます。Kayaさんの記事とても共感を持って読みました。どの仕事にも正解はないように思えますが、私自身は医師や看護師さんたちの医療従事者としての誠実で、熱心な姿勢に深く心を打たれました。私のめんどうな質問にも機嫌よくお応えくださり、仕事を続けたい私のために最大限の配慮をしていただき有難いと思っています。医療は「心」だと思いました。「心」ほど相手に通じるものはないし、それは病状さえ好転させる力を持っていると思うのです。良き医師、看護師に巡り合った縁を大切に治療に励みます。良い記事、ありがとうございました。
長谷川さん、はじめまして😀
大腸がんは今では最も奏効率の高い疾患ですから、安心して治療にご専念くださいね😃
回復の便りをお待ちしております♥️
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