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【小説】いつか扉が閉まる時 3年生・秋から冬にかけて(2)

 次の朝、あずさに手伝いを頼むと快諾してくれた。

 昼休み、図書館に行くと既に昨日の2人がいた。

「恋愛の本と、ミステリーで福袋を作りたいって」とあずさに伝えると「いくつか候補を見せるから、後は自分で選んで」と2人を本棚に連れて行く。多良先生も付いて来た。

 あずさは「恋愛のテーマなら小説以外にもいろいろあります」と心理学や分類361の人間関係コーナー、詩や短歌コーナー、そして日本と海外の有名どころの恋愛小説を次々と紹介してくれた。

 ミステリーについても「クリスティ」「コナン・ドイル」など著名な作家についての写真満載のエッセイや国内外の定番の推理小説を何冊か見せてくれた。

「この名前、『名探偵コナン』で聞いたことある!」と「ミステリー」を選んだ生徒が顔をほころばせた。

 多良先生が「本、詳しいんだねー。こういう人が司書になるといいのに」と感心したようにため息をつく。 

 顔を赤くしたあずさに、私もお礼を言う。

 するとあずさは「久しぶりに図書委員らしいことして、私も楽しかった」と仔リスのように微笑んだ。




 図書館祭りの期間に顔を出してみた。いつもより若干だけど利用者が多い。

 昨年の事跡写真を参考にしたらしく、似たレイアウトで懐かしい。  
 使い古しの大きな封筒に貼られた本のあらすじ用紙、PRのためのポスター、そして栞が入っている箱。

 藤井先生が作ったもの、そのものだった。

 私は福袋を手に取る。

 あらすじで中身の見当がつくものがある一方、何の本かわからないものもある。

 借りてみたかったけれど受験生なのでやめておく。

 そして気がついた。

 図書館が一時の酷い時より、静かになっている。

 カウンターに群がっていた男子生徒は、閲覧机に座って雑誌を見たり歴史漫画を読んだりしている。

 多良先生は時々フロアワークをして顔見知りらしき生徒と話をしているが声は抑えめだ。

 私は安心した。

 図書館祭り最終日の放課後にもう一度図書館に行き、福袋を見ると3分の1ほど借りられずに残っていた。

 これはいつもこんなもので、むしろよく借りられた方だろう。

 中身がわからないものを借りるのは、リスクを伴う。

 覆面本2冊ともつまらなかったらどうしよう、それより面白そうだとわかっているものを借りたい。

 そんな心理は理解できる。

 久しぶりなので図書館を一周して帰ろうとすると、先生が微笑みながら私を手招きして司書室に呼び、あらたまった感じでこう言った。

「今回は橋本さんがいて助かった。受験生なのに協力してくれて、ありがと。副校長先生にイベント、期待しているって言われて焦ってたし」

 驚いた。文化祭での「私は委員の指導なんかしない」発言の頃に比べて、先生は柔軟になっているみたいだ。

「私、ここの女子生徒に嫌われてるって思ってた」

 唐突に言われて返す言葉に困る。確かに先生が来た当初、女子に評判が悪いと聞いたことがあったのでなおさらだ。

「この学校の子は成績良くていい子たちばっかりって言われてたから、学校司書とかしたことないけど楽しみだったんだ。最初は不安だったけど、図書館ではさっそく男子生徒が話しかけてくれた。でも、女子生徒にはすれ違いざまに『色ボケ』って言われたりして」

「え?それは、先生のことを言ったんじゃないのでは?」

 どちらにしても、ちょっと下品な言葉遣いだなあ。うちの生徒がそんなこと言うかな。

 先生はふふっと笑った。

「言われたの1回じゃないの、同じ人たちかもしれないけど…。でもあなたはいい子なのね。そうだよね、そんな子ばかりじゃないよね…なのに」

 そして私を見る。

「文化祭の時はごめんね。そしてこれからもよろしく…あ、無理のない範囲でだけど。私は事務室の仕事が忙しいし、図書館の仕事もまだ結構わからないけど、また何かあったら教えて」



 11月。朝晩冷え込むようになってきた。

 廊下ですれ違った高木先生に「放課後、時間あるか」と聞かれたのはそんな季節だった。

 何の用事も無かったので、私は放課後、生徒指導室に行った。

 これまでここに呼ばれたことはない。前に来たのは、辞める結城先生の代わりが見つからないと田辺先生や水口さんと話をした時だ。

 そう思うと懐かしい。
 あれは暑くなりかけの頃だった。

 それにしても高木先生の用件が何なのか見当がつかない。学年主任に呼ばれるようなことをした覚えもない。

 考えても仕方ないので、先生が来るまで英単語の復習をしていた。

 しばらくして先生が扉を開けて、慌しく窓側の椅子に座った。

「忙しいのにすまんな」

「いえ」忙しいのは先生の方だろうと私は思う。

「図書館のことなんだけど」

 図書館?
 なぜそれで私を呼んだのだろう。副図書委員長だったからだろうか。

「単刀直入に聞くが、お前たちは今のままでいいのか。午前中、多良先生が事務室にいるから休み時間に行けなくなったとか、1月以降の受験期の開館状況への不安とか」

 3年生に関しては共通テスト後の1月後半は午前中授業で後は放課になる。

 2月は自宅学習だけど小論文や二次対策の指導が個別にあるので、去年かなりの数の3年生が登校していた。

 卒業式明けも国公立の後期試験があるから、3月半ばまで毎年3年生は指導を受けるために学校に来るはずだ。

「それは私というより3年生全体についての質問ですか」

「それでもいい」

「夏休みに偶然学校に来た時、私は多くの生徒があちこちで自習しているのを見ました。自習室だけでなく図書館にもいました。そういう人たちは冬休みや1月以降も自習しに学校に来るだろうから、開館時間が短いと困る3年生はいると思います」

「ああ、特に2月以降は朝から図書館利用する3年生は毎年いる。小論文対策で図書館で本を借りたり、新聞を読んだりしていた。それに毎年あの時期は、自習室の収容人数では足りないんだ。だから去年は午後しか開いていない図書館に関して3年生から不満の声が上がっていてな」

 図書館を職員抜きで開放するわけに行かないし、増野先生は午前中、事務室にいたからか。 

「私より、学校でよく自習している生徒に聞いた方がいいと思います。私は学校で自習しませんし、今は本も借りないようにしているので」

「じゃあ橋本に関して言えば、今のままでも問題はないわけか」

「違います。世の中には仕方ないことがあると思っているだけです。実際、今の司書は多良先生で、事務室兼務をしろって言われているからどうしようもないじゃないですか」

 文化祭の時に高木先生と事務長のバトルも見たわけだし。

「なら、本当は今の状況は望ましくないということか。その、久保がな」

 久保がなぜここに出てくる?

「橋本は、亡くなった藤井先生の遺志を継ごうとしていた、と言っていた」

(続く)