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バイクを買った

カブである。ホンダの走る伝説。原付なので車の免許で。

自分がバイクに乗ることはないだろうと思っていた。あんな、死にに行くようなものを……。自転車には乗っていたが、あのさらけ出しの状態をエンジンで引っ張られるなんて……。そういう印象。
身近でバイクに乗っている人というのもいなかった。高校の生物担当だった綺麗でカッコいい女性の先生がバイクの大型免許を取った!と言っていたくらい。他に聞いていた話と言うと母親の知り合いがバイク事故で亡くなった、とか。とにかくうちは家全体、どちらかというと「バイクはねえ……」という雰囲気だった。

が、買ってしまった。

前後する話だが大学院に進学することになった。華の無職暮らしから学生へ転身。学部時代と同じ大学へ戻る。
そこで必須なのが自転車。しかし疲れる。別にそこまで大変なわけではないが、体力を削られる実感はある。25歳大学院生、貴重な体力は温存したい。少し遠いところでアルバイトをすることにもなったし、この間Amazon Primeで観た『ゆるキャン△』のしまリン(原付でひとりキャンプに行く子)がものすごくうらやましかった。いいな、原付……買おう!だったらカブだな!

そんな単純な流れ。車もマニュアル派だし、ふつーのスクーターにはあんまり惹かれなかった。

希望予算はオーバーしたが、家の近くのお店にものすごく状態のいいカブがあった。貯金を握りしめて一括払い。「2日くらい待ってくださいね」と言われたはずが、数時間で「整備できましたー」と電話がかかってきた。

何もかも初めてです、と伝えたらお店の人が丁寧に教習をしてくれた。一通りの動かし方はわかったが、道に出るのは怖い。買った日は押して帰った。
車体は80kgほど。しっかりずっしりとはしているが、苦になるほどでもない。それよりも、「カブ買っちゃったなあ」という不思議な感慨のほうが強かった。アメリカ暮らしの際(車を持っていた)にも思ったが「おれのくるま!」というのはいいものである。ニヤついてくる。

買って数日が経った。家の周りは建物もなく、見通しのいい練習コースばかりである。そのへんを適当に走って速度に慣れ、大きい道を避けて買い物にも行ってみた。ゲームのチュートリアルみたいに、日に日に範囲を広げている。

バイクは、身体感覚が拡張されたような感じだ。本当に自転車にエンジンを乗っけたようなもの。風を切っている。スピード感がものすごい。「原付は最高速度をすぐ超えて、すぐ捕まる」なんて話もちょこちょこ聞くが、今のところは出せて制限の30km/hぴったりくらいで、心配はない。

移動のスピード・活動範囲の広がりは車の時にも感じた。が、こちらの場合はチートアイテムみたいなもの。もちろん車でも死んでしまうこともあるが、それでもハコで守られているのは気分がぜんぜん違う。原付に乗った後に車を運転する機会があったが、あっさり60km/h出てびっくりした。

どこかに行ってしまいたい!行けるじゃん!というやり取りを1人でやることも増えた。特に夜。とはいえぱっと行けるイイ場所が溢れているわけでもない。しばらくはこの辺を、ぱたぱた走る。


圧力鍋をのせた。車だとぽいっと載せてしまえば済むが、カブではそうもいかない。ひと手間かけてひもを巻く。この手間が、人と機械の間を少し埋めてくれているような気がする。

本とか買います。