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工場系技術屋兼中間管理職の仕事は「皿回し」またの名を「国立大学受験生」である(工場のことを知らない人向け)

私は就職氷河期世代の工場系技術屋兼中間管理職である。「昼間から仕事として酒が飲める」と言うだけの理由で酒類メーカーに入社し、以後2度の転職はあったが約20年間、国内外でずっと工場に関する仕事をしている。世の中「工場の仕事に興味がある」と言う奇特な人は余りおらず、自分が普段どういうことをしているか社外で話すこともないのだが、現場の皆さんと一緒にお姉さんのいる飲み屋に行って「ドンナお仕事してるんデスカー?」と聞かれると、いつも表題のとおり名乗っている。「皿回し」またの名を「国立大学受験生」である。


1.「皿回し」またの名を「国立大学受験生」とは

皿回し。大道芸等で見かける、棒を持ってその上で皿を何枚も回し続ける、アレである。1枚でも落としたらアウト。ジャグリングもそうですね。あれ、複数の動体に対してよく集中力とコントロールが続くなといつも思います。嗚呼ピーター=フランクル。

国立大学受験生。必須受験科目は国語、数学、理科、社会、英語である。今は知らないが2次試験でも私のときは理系は国語、数学、理科2科目、英語であった。「数学サッパリでも英語だけ得意なら合格できる」等ということはない。寧ろ1科目でも落としたらアウトである。嗚呼「東大一直線」、もしくは「東京大学物語」。

共通するのは、自分の抱える複数の対象を1つも落とさないよう、バランス良く保ち続ける必要があることだ。実は工場系技術職兼中間管理職の仕事は、正にこれなのである。

2.何を回す、または何を受験するのか

結論から言います。P、Q、C、D、E、S、Mである。Iが入ってくることもある。これら1つでも落としてはならない。それが工場系技術職兼中間管理職の仕事である。何のことか分からないと思うので1つずつ解説する。

①P:productivity(生産性)

Productを当てることもあるが、私はproductivityが適していると思う。1分間に100個の製品を作れることになっている仕様のラインだったら1時間稼働すれば6,000個製品が出来るはず。なのに、稼働してみると5,000個しかできない、4,000個しか出来ない。。。設備が故障して停止した、不良品が出来てしまって途中で排斥された、オペレーターが急に休んだ、原料・資材の納品が製造開始に間に合わなかった…現実には様々な生産性低下要因があり、それらを極限までゼロにすることでライン能力を仕様能力に近づける必要がある。簡単に言っているが実は簡単ではない。読者ご自身の生産性コントロールを考えて頂ければ、お分かりいただけるだろう。

②Q:quality(品質)

品質。専門的見地で語ると非常に長くなるので割愛するが、一般の人にとっては「この製品なら自腹で買ってやってもよい」「この製品なら満足、また買おう」と思えるレベルのことであろう。工場では顧客、市場が要求する「レベル」のチョイ上を設定するのが基本である。工場系技術屋が聞きたいであろうCpkが…と言った話は置いておくが、品質に関しては特に国内市場向けだと色々大変である。ゆるーい海外を経験してしまうと益々面倒臭い。大量に出来てしまった製品のどこかに品質不良品が紛れているかもしれないということが作った後に分かり、人海戦術で泣きながら糞暑い(もしくは糞寒い)倉庫で一日中検品するなんてことはざらである。「弊社ではお客様にご満足いただける品質を真摯に作り込んでおります」と表では営業スマイルで言いつつ、裏では検品のようなことをしなくてもよいようにラインや管理体制を改善するのが私の仕事である。

③C:cost(コスト、費用)

企業の存在意義は何か。資本主義においてはズバリ「金を生む機械」である。社会貢献だの何だの言っても、一番の本音は「お金大事」。工場にとっても、お金がないと設備や原料資材は買えないし、従業員に給料を払えない。だからコストはとにかく下げまくるのである。無駄なものは一切買わない、使わない!無駄な人員は整理(特に日本は人件費が高いので、海外との製造原価競争に不利)!設備は修繕費は最小限、除却なんてもっての外!特に外資系だとこの辺は滅茶苦茶厳しい。私も6年間外資系に在籍したが、常に胃から汗が出る思いでした

④D:delivery(納期)

「オレが必要な時に、必要なものを、必要なだけ持ってこい!」と、お客さんは仰います。それが「Delivery=納期」である。対応するには製造タイミング、製造品種、数量を全部お客さんである「オレ様」のために合わせて計画を組み、製造しなければならない。ただ、お客さんは彼だけではないのである。滅茶苦茶沢山のお客さんがそれぞれの都合でどんどん発注してくるし、直前の追加やキャンセルも彼らにとっては所詮他人事である。無茶なことを言うお客さんもいる中で淡々と(時にキレながら)生産計画を立てる生産管理部署の人を、私は本当に尊敬してしまう。私は一応製造部長として工場の生産管理担当の部下も持ったことがあるのだが、あの仕事だけは無理ゲーだわと思いました。皆さんも生産管理を担当しているお友達がいたら、是非尊敬してあげてください

⑤E:environment(環境)

グレタさんでおなじみの環境である。稀に意識高い系のワカモノがこういうのに憧れてメーカーに入ってくるが、中の人としてははっきり言って迷惑である。CO2削減!電力削減!ガス削減!水道削減!地球にやさしい企業を目指し、とにかくユーティリティ使うな!廃棄物も出すな!なのだが、余りにしつこく環境担当者に言われると、彼らは果たしてメーカーのサラリーマンなのか、それとも中二病の環境運動家なのか分からなくなってくる。公害関係の法令も色々うるさく、騒音・振動・廃水・地盤沈下・土壌汚染等々何でもござれである。何度か市役所に怒られに行った。市民の皆様、すみません。

⑥S:safety(安全)

安全第一。本当は⑥ではなく①とすべきである。工場はその性質上、一歩間違うと命の危険がある職場である。正社員だけでなく入れ替わりの多い派遣社員の多い職場だと、不慣れな人が多い分更にリスクは上がる。「自分が怪我するだけだし、別にいいじゃん」ではない。怪我をされると中間管理職もその対応に追われ、非常に忙しくなるのである。だからという訳ではないが、とにかく怪我をしない設備・工程・職場にすることは工場の仕事の最優先事項である。不幸にも職場でいくつか事故を経験してしまった身としては、これは絶対に譲れない

⑦M:moral/morale(モラル/士気)

人はロボットではない。感情を持つ生物である。個人的には⑥S;Safetyを①とし、⑦M:moral/moraleは②に持ってくるべきだと思っている。それ位重要だ。人のモラル、士気は個人レベルでも常に変動するし、ましてや集団レベルになるとその高低は工場のパフォーマンスに直結してしまう。しかも、①~⑥で述べた各要因はまだ物理的にコントロールし得るのに対し、人のモラル、士気はボタンを押したりエクセルで管理すればコントロール出来るものでは決してないのである。人を如何により良い方向へ導くか。中間管理職というより、人間としての最大の課題の1つであると言える。

3.①~⑦をどうやって皿回しするのか/同時受験するのか

長くなったが、①~⑦を観て何か気付くことはないだろうか。①は工場の話だが、②~⑦は実は本社組織の管轄する領域である。②品質は品質保証部、③費用は経理部、④納期はSCM部、⑤環境は環境担当部(CSR、広報とか)、⑥安全は安全担当部(安全環境(EHS)部、総務部とか)、⑦モラル・士気は人事部だ。

で、何が起こるかというと、本社各部がてんでバラバラに自分たちの担当業務(部分最適とも言う)を、工場にどんどん依頼してくる(押しつけてくるとも言う)のである。だから、工場の中間管理職は聖人君子でなければならない。いちいちキレていたら身が持たないのである。本社の各専門部は自分とこのことだけ考えておけばいいから楽でいいなあ、と思ってしまう瞬間があるのも正直なところである。

とにかく、工場は全体最適を見たしつつ、かつどの皿(科目)も落としてはならない。それが使命だからであるし、会社の中での役割だからである。

しかし、やってみると一筋縄ではいかない。コスト(C)を下げろと経理に言われて人を削りまくったら熟練者がいなくなって生産性(P)が落ちた、品質(Q)で大問題が起きた、なんてこともあり得るし、納期(D)優先で現場を追い立てるような生産計画を立てたら品質(Q)確認がおろそかになってクレームが発生した、と言うこともあるだろう。グレタ党の環境担当(E)から廃棄物を減らせと言われ、工程から定常的に出る廃棄分を減らそうとしたら、捨てないといけない部分を捨て切らずに製品に混入させてしまった(Q)という本末転倒なこともあり得る。安全第一(S)は私の信条だが、安全確認を過剰にやり過ぎて生産性(P)に影響が出てしまうことだってある。安全第一ではあるが、「あれ、先月効率落ちてんじゃん。いいのそれで?」と上司に突っ込まれるのも哀しき中間管理職である。私がこういったことを実際に経験したかどうかについては内緒だが、要はあちらを立てればこちらが立たずが非常に多いのだ。

「①~⑦をどうやって皿回しするのか/同時受験するのか」というセクション名にしたが、そんな上手い皿回しの方法/受験テクニックがあれば私に教えてください。お願いします。

4.それでも皿は回る/受験科目数は減らない

それでも明日はやってくるのである。仕事ですから。

私は、生産技術というのは単に「テクノロジーを生産に応用する」技術ではなく、こういった「あちらを立てればこちらが立たず」を如何に解決するかという領域をカバーする技術でもあると考えている。①~⑦が常にバランスし、お客さんに喜んでもらえる品質・価格の製品を安定的に供給でき、会社にとっての利益も出て、地球に優しく、雇用を守りながらそこで働く人も育てられて、結果的に社会に貢献できる。そう言った工場、組織を目指すのが工場系技術屋兼中間管理職の仕事の醍醐味である。本当に難しいし、色々な部署からヤイヤイ言われて対応出来るのは聖徳太子かというレベルですが、一瞬でもうまくバランスしたときの快感は本当に無上のものである。自分でやったことはないので知らないが、恐らく経営者、社長というのも社内全部署を把握・コントロールして全体のバランスを取りながら、志を持って企業を良い方向に進めていく必要があるわけだし、ベクトルの大きさは違えどひょっとするとこういう工場系技術屋兼中間管理職と同じ感覚なのだろうか、いやきっとそうだろう…と思うことすらある。別に将来自分が経営者や社長になるつもりもないが。

地味な稼業であるが、こういうやり甲斐のある仕事も世の中にはあるということを知っていただきたくて、本稿を書いてみました。

因みに、冒頭で述べた話の続きだが、お姉さんのいる飲み屋に行って「ドンナお仕事してるんデスカー?」と聞かれて「皿回し」と答えたら、「ハ―、工場で皿洗いしてるノネー、エライネー」と言われたことが一度だけある。工場ではやらないが、家では毎日やってますけどね…。仕事ですから。【了】


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