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鍵盤楽器音楽の歴史(36)イタリアのオルガン

ここで少しイタリアのオルガンについて解説を。

イタリアのチェンバロとおなじくイタリアのオルガンも古風な特徴を留めるもので、早くも15世紀に高い完成度に到達した後は、18世紀に至ってもさほど変わらないオルガンが造られ続けました。

ルネサンスからバロックにかけて何世代にも渡って多くの優れたオルガンを建造し、洗練されたイタリアのオルガン様式を確立したのがアンテニャティ一族です。

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ブレシアの聖ジュゼッペ教会のオルガン、 グラツィアディオ・アンテニャティ、1581年。

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https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Chiesa_di_San_Giuseppe_interno_organo_Antegnati_Brescia.jpg

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これはフレスコバルディの時代の典型的なイタリアのオルガンといえるものです。

一段鍵盤で、ペダルは手鍵盤に連動するプルダウン式で独立したストップは持ちませんが、手鍵盤の音域がドイツなどのオルガンよりも1オクターヴ低い C' まであります。したがって基本となる Principale は16フィート相当になります。

ストップはフルー管のみでリード管は無し。Principale は高域と低域で分割して切り替え可能。Principale 系の長々しいストップ名はピッチを度数で表したものです(Decimanona=19度=1 ⅓')。他国のオルガンならミクスチュアとして一纏めにされるような高いピッチのパイプまで個別のストップになっているのがイタリアのオルガンの特徴です。

他には広いスケールで柔らかい音色の Flauto 系ストップと、イタリア独特の Fiffaro (Voce umana) があります。これは微妙に調律をずらした Principale 相当のパイプで Principale と一緒に鳴らすことで、うなりによるヴィヴラート効果を与えるものです。風圧の変動によるトレモロとは比べ物にならない神秘的な響きが得られ、ミサの聖体奉挙の場面などでよく使われます。

このようなオルガンをどう使うかについては、コスタンツォ・アンテニャティが著書 L’arte organica (1608) でブレシア大聖堂のオルガンを例にとって説明しています。

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ブレシア大聖堂のオルガンのストップリスト

1. Principale 8'
2. Principale 8'(d で分割され低音はペダルで演奏できる)
3. Ottava 4'
4. Quintadecima 2'
5. Decimanona 1 1/3'
6. Vigesimaseconda 1'
7. Vigesimasesta 2/3'
8. Vigesimanona 1/2'
9. Trigesimaterza 1/3'
10. Altra Vigesimaseconda 1'
11. Flauto in quintadecima 2'
12. Flauto in ottava 4'

レジストレーションの例

I. リピエーノ、前奏曲に使用: 1.3.4.5.6.7.8.9
II. メッゾ・リピエーノ: 1.3.8.9.12
III. 1.3.12
IV. 1.12
V. 3.5.6.12 はコンチェルトに、この4つのストップでコルネットの音になる。
VI. 3.12: この組み合わせはディミニューション(装飾変奏)やカンツォーナの演奏に良い。
VII. 3.12 + Tremolo: 同様、ただしディミニューションには向かない。
VIII. 1 のみ、「私はいつもミサの聖体奉挙でこれを用いた」。
IX. 1.2 を同時に用いる。
X. 12 のみ。
XI. 12 + 2: 高域では両方のストップが共に聴こえ、低域ではフルートのみになり、ペダルとの間でダイアローグを演奏できる。
XII. 11.1: ディミニューション向き、3 を加えても良い。

ジローラモ・ディルータの Il Transilvano (1609) には旋法ごとに相応しいレジストレーションの例が示されています。伝統的な8つの教会旋法ではなく、グラレアヌスの12旋法が採用されています。 18世紀に賑わう調性格論にしてもそうですが、この手のものは机上の空論という印象が否めません。

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第1旋法: Principals 8, 4; Principals 8, 2; Principal 8, Flute 4. 重厚かつ喜ばしい
第2旋法: Principal 8, Tremolo. 憂鬱
第3旋法: Principal 8, Flute 4. 落涙
第4旋法: Principal 8, Tremolo; Flute (4, 2 2/3, or 2). 悲哀
第5旋法: Principals 4, 2, Flute 4. 歓喜
第6旋法: Principal 8, 4, Flute 4. 神聖にして厳粛
第7旋法: Principals 4, 2, 1. 輝かしく甘美
第8旋法: Flute 4; Flute 4, Principle 4; Flute 4, Principal 2. 可憐
第9旋法: Principals 8, 2, 1. 朗々として輝かしく甘美
第10旋法: Principals 8, 4; Principal 4, Flute 4. やや悲しげ
第11旋法: Flute 4; Flute 4, Principal 2, Flute 4, Principals 2, 1/2; Principals 4, 2, 1. 活発で甘美
第12旋法: Flute 4, Principals 4, 2; Flute 4, 甘美で活発

このようなレジストレーションを実際に試してみたいという向きには、ブレシアの聖カルロ教会のアンテニャティ・オルガンの音源が Sonus Paradisi から出ています。これはPC用のオルガン・シミュレーターソフト Hauptwerk で演奏することが出来ます。

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次回こそはフレスコバルディ以後のイタリアを。

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