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余は如何にして其の本を20181202

Everlasting life ── based on a misprint!

《誤植に基づいた──永遠の生とは!》ナボコフ『青白い炎』(富士川義之訳、岩波文庫)、p.152。

《永遠の生──その支えが誤植一つだったとは!》ナボコフ『淡い焰』(森慎一郎訳、作品社)、p.76。

 誤植に基づいた永遠の生。なんと魅力的な……。もちろん当連載の趣旨、および〈本屋学問〉(ほんやがくもん=書名だけは知っているが、その内容については知らないうわべだけの知識をあざけっていう語。>『精選版 日本国語大辞典』(小学館))という我が宗旨からお察しいただける通り、上記のナボコフ作品は読んでいない(ちなみに引用箇所は、999行の詩、その註釈、そして索引から構成される〈小説〉中の、詩の803行目である)。さらにいえば、『ロリータ』は、大久保康雄訳も若島正訳も新潮文庫で持っているが、どちらも読んでいない。ぼくの誤植に基づいた生が、いま少し永遠に向けて延長されるならば、いずれ読む日も来るだろう。
 誤植に基づいた生。体内に誤植を抱いた生……。この連載を開始するきっかけとなった体調不良は、症状としては、以前からときおり苦しんでいたパニック発作様のもの(診断は得ていないので素人判断)だが、今回は、9月の健康診断において、大腸について要再検査、心電図に経過観察(不完全右脚ブロック)、肺および白血球数にも異常とまではいかないが所見が付されていたという前提のもと、11月に入ってから、就寝中に息苦しさで目覚め動悸が収まらず眠れなくなり救急車を呼ぶべきか否かギリギリ悩む、という事態が数日つづき、欠勤や早退を繰り返しながら、器質的な異常を疑ったというものであった。循環器病院での心電図再検査および胸部レントゲン写真、胃腸内科病院での大腸内視鏡検査、ともに異常なく、その後の2週間は、発作のない日々を過ごしている。心療内科か精神科に行こうとは考えているが、それはまた次の“誤植”が発覚したときにと、先延ばししている。

 体調不良および体調不良への不安を抱えながら、11月下旬には、2つのイベントをこなした。

 11月22日木曜日は、札幌の書肆吉成 IKEUCHI GATE 6F店で、「古本屋で山口昌男を読む」。山口昌男『古本的思考』(晶文社)という新刊の刊行を記念してのトークイベント。登壇者は、山口昌男の次男・拓夢氏(札幌大学女子短期大学部教授)、竹中英俊氏(東京大学出版会で編集局長をつとめた人文書の名編集者)、書肆吉成店主の吉成秀夫氏(山口ゼミに学び秘書もつとめた)、そしてぼく。拓夢さん吉成さんの身近で接したエピソード(拓夢さんの、欲しい本はたいてい買ってもらえたが『天才バカボン』はダメだと言われたという話、吉成さんの、山口先生が舌なめずりしてから本を読み始めるさまは本を食べちゃうんじゃないかと思えたという話、などが印象的)、竹中さんによる貴重な古書(浅草海苔(!)を表紙にあしらった斎藤昌三(少雨荘名義)『当世豆本の話』や、吉野作造と交流のあった花園歌子の『芸妓通』など)を見せながらの古本“病”談義など、司会役的なポジションで登壇したぼくも楽しく聞かせていただいた(体調不良による準備不足・告知不足でご迷惑をおかけしてしまい申し訳なく思いながら……)。

 最後は、このご時世に、街なかに実店舗を構え精力的にイベントも開催する吉成さんへの敬意を表し、山口昌男『内田魯庵山脈』上巻(岩波現代文庫)から、次の箇所を朗読させてもらった。

《彼ら〔内田魯庵とその友人たち〕にとっては古本屋は、他の時間・空間にワープする場所であった。本屋の空間がスペース・シップであった》(p.241)

 そして、それにつづく戸井田道三を参照したフレーズ、《片隅の空間の心地よさ》を引き、書肆吉成が心地よい片隅の空間を提供しつづけてくれるようエールを送った。
 このイベントは、書物文化協会(Association for Book Culture、略称ABC)の主催となっているのだが、これはまだ何の登録もなされていない団体で、現時点での正式メンバーは、ぼくと吉成さんの二人だけだ。会員は常時募集中で、今後もイベント開催や小冊子発行などしていこうという心づもりは、ある。

 11月24日土曜日は、札幌の「古本とビール アダノンキ」で麦酒句会。2013年に開始した、ビールを呑みながらの楽しい俳句の会。不定期ながら5年もつづき、とうとう10回目をむかえた。これもまた、アダノンキさんという「片隅の空間の心地よさ」あってこそ成立するイベントだ。俳句をアテにおいしいビールを味わうといった趣きで、主催者という立場でありながら、毎回ほんとうに掛け値なしに楽しかったと言い切れる。今回は、史上最多の15名参加で、ひとり3句提出(お題は「ビール or つまみ」「鍋」「冬 or 雪」)のため、全45句! 4時間に及んだが、全句についてああだこうだコメントし合い(批評というよりは、こう読むとおもしろいという感想が主。ときどき技法的な改善提案はあり)、ビールやワインもおいしく呑んだ。今回の一番人気(特選・並選・逆選ふくめた得票数による)は、《名は『あけみ』ビール小瓶が三千円》。上位人気句の作者には、ご褒美として崎陽軒のシウマイまんがふるまわれた。なお、提出された俳句については、全句掲載のフリーペーパーを毎回つくり、後日アダノンキさんで配布している(今回の分、年内には仕上げたい)。
 第10回という区切りの回だったので、ぼくからも賞品として、自分で役立った俳句入門書を何冊か持参した。一番人気句作者の方にまず選んでもらい、ほかの本も、希望者には差し上げた。持参したものの一部を以下に記しておく。ぼく自身、まだ初心者ではあるが、これからちょっと俳句をつくってみようかな、句会を開いてみようかな、という人には参考になるかと思う。

①佐藤文香編『俳句を遊べ!』(小学館)。俳句の作り方から鑑賞の仕方、句会や吟行のやり方などまで、さまざまな角度から俳句を遊ぶ方法を、やさしくたのしく深く見せてくれる。(麦酒句会の一番人気句作者はこれを賞品にえらび、当日は、この本に名句鑑賞漫画を描いている後藤グミさんがたまたま参加してくださってたので、直筆サインをいただくという幸運にも恵まれた。)

②千野帽子『俳句いきなり入門』(NHK出版新書)。2012年にこの本が刊行されたことと、2013年に公開句会「東京マッハ」が札幌で開催された(通称「札幌マッハ」)こととが、麦酒句会をやり始める直接のきっかけ。内容的にはけっこう高度だが、こうするとダメな句ができてしまうという勘所がよくわかる。

③夏井いつき『夏井いつきの世界一わかりやすい俳句の授業』(PHP出版)。句会などはとりあえずおいといて、とにかく俳句をつくってみたい、という人にはこれが最適か。対話形式(これをすこし冗長に感じる人もいるかもしれないが)でやさしい内容だが、季語や切れ字の機能の核心を、ずばっと伝えてくれる。(藤田湘子『新版20週俳句入門』(角川学芸出版。ぼくが持っているのは学習研究社版)もていねいな良い本だが、まともに読むと、かなりきびしい自己鍛錬を要求される。)

④堀本裕樹『俳句の図書室』(角川文庫)。鑑賞をふくむアンソロジーとしては、山本健吉『定本 現代俳句』(角川選書)が定番の名著だが、初心者にはいささか大部。堀本先生のこの本は、一句について、1、2ページで季語や技法の解説も行ないながら、魅力のキモを提示する。

⑤『覚えておきたい極めつけの名句1000』(角川ソフィア文庫)。鑑賞も解釈もなく並べられた1000の名句。歳時記だと、季語ごとに例句が並んでおり、同じ季語をふくむ句をつづけて読むのは意外としんどいものである(例えば山本健吉『基本季語五〇〇選』(講談社学術文庫)は名著であるが、だがしかし……という感じ)。本書は、季語別ではなく、ゆるやかな主題別(「光」とか「寂しさ」とか「地名」とか)、使用された技法別(「擬人法」とか「オノマトペ」とか)に例句が配列されており、不明の語句など自分で調べる必要はあるが、気楽に多数の俳句と接することができる。

(麦酒句会は、主催者のぼくが「この日にやろう!」と言い出すことがほとんどなく、誰かが「そろそろやりませんか?」と言ってくれて開催することが恒例なので、参加したいという方はご一報ください。)


 と、日記めいた記述および読んだ本の紹介がつづいてしまったが、本連載のそもそものありように戻ろう。(日記は日記、書評は書評で別立てで書くか……まあいいか、しばらくダラダラやります、リハビリとして。)


 前回( https://note.mu/kagayam/n/n9822a354250c )読み始めたと書いた鈴木大拙『仏教の大意』(角川ソフィア文庫)は読み終えたが、当初の目的である安藤礼二『大拙』(講談社)にとりかかる前に、鈴木大拙『新編 東洋的な見方』(岩波文庫)もパラパラめくったら、シモーヌ・ヴェイユの名前が出てきて「労働者に必要なのはパンより詩」のくだりに触れていたのでヴェイユの『重力と恩寵』(ちくま学芸文庫、岩波文庫)を再読したくなる。ぼくの読書はいつだってこんな感じで横道にそれていくのだ。そういえば、シモーヌ・ヴェイユを読もうと思った最初のきっかけは何だったろう? 吉本隆明経由か、それとも……これも思い出したら、ここに記録するとしよう。

 『ちくま科学評論選』(筑摩書房)は、題名から、日本の著者なら中谷宇吉郎とか廣重徹とか高木仁三郎とかが収められているのかなと想像していたが、現代というかごく最近の著者がほとんどだった。例えば福岡伸一、長谷川眞理子、鎌田浩毅、中村桂子など。そのなかに、パスカルの「幾何学の精神と繊細の精神」が入っているのがおもしろくて買ってしまった(同じ章に寺田寅彦と朝永振一郎)。これは『パンセ』に入っている文章で、この箇所は読んでいるが、『パンセ』全体は通読したことがない(中公の「世界の名著」版と岩波文庫版とを持っている)。さらに、『パスカル 数学論文集』(ちくま学芸文庫)も持っているが未読(付録として収録された「幾何学的精神について」だけは読んだ)。

 新刊の野間秀樹『言語存在論』(東京大学出版会)について、某編集者が「言語に関する本はけっこう読んでいるが、これは凄い」とぼくに向かって絶賛するので、かなり読みたい気分は高まったが、400ページ超えのボリュームと5000円超えの価格にたじろぎ、そこでたじろいだままでいればよいものを、同じ著者の本で、書評などで評価の高かった『ハングルの誕生』(平凡社新書)を購入して順調に積ん読。

 来年は、もうすこし真面目に本を読もう。


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