夢を語るな

「とんでもない量のラーメンが食べられる店があるらしい」
大学の友人からそんな噂をきいた。なんでも、丼鉢に敷き詰められた麺に山盛りのもやしが乗っているそうだ。
好奇心としかいいようのない動機を抱えて、早速翌日に自転車で向かった。とりあえず朝は抜いておいた。空腹の中、13時過ぎに到着する。店の前からもうすでに脂の香りが漂ってくる。

「ラーメン荘 夢を語れ」

なんとも壮大な店名だ。夢というのは大盛りのラーメンのことだろうか。
開店前から人が立ち並んでいるが、京都の人気店なら普通の光景だ。小さなラーメン屋は開店後すぐに埋まったが、回転が速いのもラーメン屋の特徴である。私達はすぐに入店を果たした。
友人の忠告で「小」を頼むようにとのことだった。券売機で買うと、なぜか黄色いプラスティックの板が落ちてきた。よく見るとメニューは一種類しかない。醤油とかとんこつとかではなく「小」である。ここに来ている客はみな同じ味を求めて来ているのだ。

友人と二人で着席すると、「ニンニクいれますか」と訊かれた。ここも友人の助言で「ヤサイマシ」とだけ答えた。思うに不思議な会話だ。質問に質問で返すのが嫌いな人は一定数いるだろうが、ニンニクをいれるかどうか訊いていながら野菜を足せ(しかも無料で)と答えるというのはコミュニケーションとして成立しているとは到底思えない。店主は無言で「ヤサイマシ」と復唱して、見事にてんこ盛りのもやしを追加した。

食べ切れるのか。

ラーメンを目の前にして食欲をなくすとは思わなかった。人は大量の食事を目にするだけで食欲を満たすというが、まさにそういう状況だった。普段から大食いのわたしでも、これは完食が困難である。しかし、食べ物は粗末に扱ってはいけない。きちんとスープまで飲み干すのである。

店内は不思議と静まり返っており、客が麺をすする音だけが響いていた。BGMもささやかながら流れている。なに、「地球規模で考えろ」というCDらしい。夢を語れといい、5人がけしかない割には実に壮大な店だ。

無言で食べ続けるのも飽きてきた。味が単調なのである。友人と話しながら気を紛らわせることにした。

「テーマ決まったの?」

将来学者になったときの研究テーマである。学生が暇なときに自分の専門の話をするのは日常茶飯事だ。

「僕は宇宙観測一本だな。天文台とかに行きたい。お前は?」

「そうだな……可能なら海洋物理学をやりたい」

「海洋物理学?」

「そう。海は地球全体の気候と大きく関係しているんだ。例えば台風の発生過程というのは、まだ完全にはわかっていない。それに、海洋がどのように地球温暖化と関係しているのかも。そういうグローバルな研究ってのをやってみたいね」

友人はなるほどなるほどと話をきいてくれた。じゃぁさ……と話を深めようとしてくれたときに、店員が声をかけた。

「私語は謹んでください」

この店主は自分のつけた店の名前を忘れたのだろうか。

わたしは脂ぎったスープを残して立ち去った。

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