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【読書記録】最果てアーケード/小川洋子

 小川洋子さんの小説を読んだ後は、夢を見ていたような気分になる。この小説は特にその感覚が強い。

それは深く眠っているときの夢ではない。

限りなく夢と現実との境目を彷徨っている、あの感じに似ている。

 例えば、何か大切なものを落とそうとして手を伸ばしたら目が覚めて天井に向かって掌をかざしているとき、悲しくて涙が出た状態で目覚めるとき、高いところから落下した瞬間にガクンという振動で目が覚めるとき。

その時々は感覚が鮮明に刻み込まれているが、起きてから時間が経過していくにつれて靄がかかったように輪郭が消えてなくなっていく。何か大切なものを失ってしまったように感じる、あの感覚に似ていると思うのだ。


 この本は、どこかの街にある少し不思議なものを売っているお店が立ち並ぶアーケード街とその管理者だった父を火事で失った主人公のエピソードが詰まった短編集だ。

アーケード街で取引されるものは剥製につける義眼や、もともと誰かの持ち物であったレースや勲章、絵葉書、ドアノブなど様々である。そして、その多くは古い品物であるため持ち主は死んでいる。

(唯一「普通」なのはドーナツ屋さんだろうか。)

 特に印象的に感じたのは遺髪で美しいレースを編む職人の話だ。

主人公は自らが過去に切り落とした髪の毛でレースを作ってもらうように依頼する。そして職人も、遺髪でしかレースは作らないと名言しつつその依頼を引き受けるのであった。

この主人公の行動は一見不可解に思えるが、他のエピソードもあわせて読むと、この生と死の意識的な境界の曖昧さは全編に渡って流れていることに気づく。


そして、それこそがこの小説の掴みどころのなさと、夢を見た後のような読後感につながっている気がする。

 主人公は、そしてアーケード街とその住人は、境界のどちら側にいたのだろう。


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