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今、アスリートは目標をどう定めるべきか

新型コロナウイルス感染症により、言うまでもなくスポーツ界は大きな影響を受けています。早々にオリンピックの延期が決まり、各スポーツ大会は軒並み中止、プロ野球もいまだ開幕していません。競争機会のない僕らアスリートの存在意義は失われている、と言っても過言ではありません。やり場のない、もやもやとした気持ちを抱えているアスリートも多いのではないでしょうか。

マラソンに出られないと分かったとき

僕自身としては、4月に出場予定だった長野マラソン大会が中止となりました。1月のニューイヤー駅伝に出走した後、敢えて他のレースには出場せず、3か月間みっちりトレーニングをしようとコーチと話し合い、準備してきた矢先のことでした。覚悟はしていましたが、いざ出場出来ないことが分かると、やり場のない気持ちが溢れてきました。年齢的なことを考えると、マラソンにチャレンジできる機会はそう多くは残されてはいないからです。頭の整理がつかず、正直に言うと、しばらくトレーニングに身が入りませんでした。ですが、コーチやトレーナーや家族に支えられ、最近になってようやく「今やれることを全力でやろう」という気持ちに切り替えられています。

来たるべき時に向けてやれること

存在意義を失ったアスリートが来たるべき時に向けてやれること、それは「準備すること」しかありません。とはいえ、先の見えない中で、また、トレーニング環境が十分ではない中で、どのように目標を定めるべきなのでしょうか?

そこで今回は、少し専門的な話にはなりますが、スポーツ心理学のある概念を紹介したいと思います。紹介するのは「達成目標理論」に基づく、「目標志向性」という概念です。

目標志向性とは

達成目標理論とは、スポーツのような達成場面において、個人が設定する目標の種類やその意味づけが動機づけやパフォーマンスを規定するという理論です。(Dweck, 1986; Nicholls, 1992)

この理論では、「個人の目標の意味づけ」目標志向性と呼びます。目標志向性は次の二つに分けられます。

自我志向性・・・「勝ったとき、良い評価を得ることが嬉しい」といった、他者との比較を基準として目標を捉えている。目標を通して、自分自身がどのように見られているかに関心を持つ。
課題志向性・・・「技ができたとき、上達が確認できたとき、目標をやり遂げたときに嬉しい」といった、自己との比較を基準として目標を捉えている。自分自身が変化する可能性のある柔軟な性質を持つ。

両者は状況により使い分けられていると考えられています。多くの研究結果から、課題志向性が選手の動機づけにプラスの影響を及ぼし、自我志向性が選手の動機づけにマイナスの影響を及ぼすとされています。

一方で、トップアスリートの「負けず嫌いな性格」や「ライバルの存在」が語られる場面は多いですよね。つまり、トップアスリートは、一般的には動機づけにマイナスの影響を及ぼすとされる自我志向性が高い場合が多いということが考えられます。

今、アスリートは目標をどう定めるべきか

他者との競争機会が損なわれたこの期間。アスリートは自己との比較を基準とした課題志向性を高め、それぞれの課題に取り組むべき時ではないでしょうか。普段、人と競い合う時間を生き、否が応でも自我志向性を高めざるを得ないアスリートが、ひたすらに自己と向き合い自分自身を変化させる良いチャンスを得た、ともとれるはずです。来たるべき時には、今までと同じように競争意識を高めればいいのです。

しかし、普段通りにトレーニングが行えないこの状況下で「どのように自己と向き合っていけばいいのか」という問題があります。また、陸上競技では「記録」という過去の自分との比較が可能ですが、他の対人スポーツではイメージがしづらいかもしれません。

劣等感と理想の自分

そこで「劣等感」という言葉を作り出したアドラーの言葉を紹介したいと思います。

人が劣等感を抱くこと自体は正常である。問題は劣等感そのものではなく、主観的に認知された劣等感を口実に問題を解決しようとしないこと(劣等コンプレックス)である。そして、健全な劣等感とは、他者との比較のなかで生まれるのではなく、「理想の自分」との比較から生まれる。

アドラーはこのように述べ、他者との比較によって生まれる性質である「劣等感」そのものは肯定した上で、「理想の自分」との比較の重要さを説いています。

どのスポーツ種目のアスリートにも自分の思い描く「理想のアスリート像」があるはずです。その理想は単に強さだけを意味しないはずです。すべてのアスリートは、競争機会の失われた、この空白の期間を「理想の自分」と「今の自分」との差を埋めるために目標を定めるべきではないでしょうか。

僕の理想の自分

今、僕が考える「理想の自分」は次の3つです。

・マラソンで結果を出す
・アスリートとして高い価値を持つ
・引退する時に心から「やりきった」と思う

このように考え、今の自分と比較してみた時、トレーニング環境が十分でなくても、やれることはいくつもあると気付けました。

・今までと違うアプローチのトレーニングを行ない、より良い走りを追求する。
・自分の考えを言語化し、発信する。
・読めていなかった本を読む。 
など… 

僕はこの期間を「理想の自分」と「今の自分」との差を埋めるために、まずは身近な目標を立て取り組んでいきたいと思っています。息を抜きながら、自分のペースで。

余談

以下、達成目標理論の余談です。
(実は僕の修士論文のテーマでした)
興味のある方はぜひ読んで行ってください。

今回ご紹介した「目標志向性」は、個人の目標志向を扱っているのに対して、集団(チーム)の目標志向を扱う「動機づけ雰囲気」という概念があります(Ames, 1992)。

動機づけ雰囲気は、個人の達成目標と同様に、自己との比較を意識させるような「熟達雰囲気」と、他者との比較を意識させるような「成績雰囲気」に分けられています。チームの動機づけ雰囲気は、指導者によって作り出されますが、同じチーム内の選手でも指導者の行動をどのように認知するかによって、動機づけ雰囲気の感じ方が大きく異なります。多くの研究結果では、選手が熟達雰囲気を感じている場合、動機づけに良い影響を及ぼすとされています。これを機会に「自分のチームがどのような動機づけ雰囲気なのか」を考えてみるのも面白いかもしれません。以上、動機づけ雰囲気の紹介でした。

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