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小説家はいつ小説を読めばいいのか

商業作家をやっていくにあたって、私が指針にしている本がある。
スティーヴン・キングの『書くことについて』という自伝的文章読本がそれである。

この本がいかにすばらしいか、その全貌を語るのは別の機会にするが、圧巻なのは巻末に掲載されている最近のベスト本リストだ。キングは「手当たり次第に」選書をしているらしく、リストには古典的名作もあれば、「ハリー・ポッター」シリーズも3冊も含まれる。1年に70〜80冊は読んでいるらしい。リストを見るとジャンルは多岐に渡り、ハリー・ポッターシリーズなどの大ヒット作品も含まれている。文章術の極意を「たくさん読んで、たくさん書くこと」だと述べているキングだが、世界的人気作家の仕事量を思えば驚異的な冊数である。
どうやって読む時間を捻出しているのか。その答えもこの本の中には書いてある。

 待合室が本を読むためにあることは言うまでもない。劇場のロビーや、レジの順番を待つ長い列や、定番のトイレもしかり。オーディオブックなら、車の運転中でも問題ない。(中略)
 食事中に本を読むのはハイソサエティの礼儀作法に反するとされている。だが、作家として成功したいのなら、そんなことは気にしなくていい。礼儀作法は気にしなければならない事柄の下から二番目にある。ちなみに、いちばん下にあるのはハイソサエティそのものだ。

いかにもキングらしい諧謔だが、天才がこれほどの努力をしていることを思うと暗澹たる気持ちになる。

ここからは私の話になるが、小説家になってからとにかく小説を読む時間がない。もともと活字中毒で、友人より本を選んだせいで遠足の時に入る班がなかったくらいなのに、今は本当に読む時間がない。代わりに何を読んでいるかというと、自分の小説と資料である。
執筆する前に書き終えた部分を読み、推敲のために読み、ゲラになれば赤字を入れるために読む。プロットも何度も読み返すし、資料のために人文書やビジネス書も読む。日経新聞の購読もしたいと思っているのが、時間は有限である。

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