あるインフルエンサーのおうち英語ツイートについて
英国在住で世界情勢に関する著作があり、X(旧ツイッター)で頻繁に物議を醸す発信をして注目されるインフルエンサーのめいろまこと谷本真由美さんが、「『おうち英語』をやりすぎて軽度知的障害になってしまっている」とツイートし、早期英語教育中のママたちが騒然となりました。その真相とは?
早期英語反対派がツイートに追随
谷本さんは、日本の耳鼻咽喉科の医師が書いた、バイリンガル教育が原因とみられる3つの言語発達遅延の症例を引用しました。1つ目は日本に暮らす日加国際結婚家庭の5歳児、2つ目はアメリカに4年間滞在した駐在家庭の5歳児、最後は早期英語教育、いわゆるおうち英語と習い事に熱心な日本人家庭の5歳児です。子どもたちはバイリンガル環境にあって日本語に遅れが見られ、言語療法士の指導を受けることになります。
さて、ここで問題なのが、言語検査をした医師がバイリンガル教育を知らないことと症例が少なすぎることです。日本では耳鼻咽喉科の医師が検査して言語療法士に繋ぎますが、この検査は日本語のみで行われているので、英語と日本語両方合わせてどの程度の言語能力があるのかがわかりません。医師はどの子どもにも日本語の一本化を促しました。特に3例目の子どもは、総合IQは低くないのに英語教育を中止するように忠告され、来院しなくなります。
この偏った検査結果を基に、谷本さんが「おうち英語で軽度知的障害」とツイートしたため、そこに早期英語教育に反対する人たちの「だから早期英語教育は危険」とのコメントが押し寄せ、おうち英語をしているママたちが「またか」となったわけです。
わが家は息子の言葉が遅かった
わが家はカナダ在住の日加国際結婚家庭で、子どもたちが0歳の時から日英2か国語、5歳からは日英仏3か国語教育をしました。息子は言葉が文章で言えたのが3歳の誕生日前と遅かったのですが、バイリンガル児は幼児期に言葉が遅れているように見えるのはよくあることのようです。
家庭医にも相談しましたが、移民大国カナダはマルチリンガルが普通にいるためか、私たちの多言語教育を止めるようにとは言われませんでした。学齢期に入り、会話や読解で特に遅れはないものの、自分の考えを文章にすることがどの言語でも苦手で、それは彼の特質だと理解しています。
その後、息子は多言語教育を続け、勉強に苦手意識を持ちながらもカレッジを卒業してある資格を取り、トライリンガルの成人となりました。前述の3症例の子どもたちも、その後、成長するにつれてバランスの取れたバイリンガルとなり、日本語の遅れを取り戻しているかもしれません。
バイリンガルが育つ過程を知ろう
さて、毎度このようなバイリンガル教育論争が起こる原因は、情報の一部分を切り取って、自分の信じる方向に世論を持っていこうとする人たちがたくさんいるからです。ただ、論争が起きるたびに心配するよりは、バイリンガルが育つ過程や直面すると予想される問題を含めた、バイリンガル教育理論を知っていると、落ち着いて対処できるのではないかと思います。
私のような国際結婚後に海外で子育てをしている人間の経験は、日本でのおうち英語とは関連性がないと思う人が多いかもしれませんが、バイリンガルが育つ過程は、どこの国であろうと、誰が育てようと基本は同じです。ただ、環境によって修正が必要なだけです。そして、どこにいても、母語が幼い子どもにとって最も大事な言語であることが大前提です。
大事なのは、与える言語の「質と量とバランスとタイミング」です。それらを子どもの年齢や置かれている環境、目的によって親が調節するしかありありません。海外で日本語環境がなければ親が日本語環境を作り、日本で英語環境がなければ親が英語環境を作ります。思春期の子どもの第二言語離れも世界中の親が経験しています。
どちらの言葉のインプットやアウトプット量が不足してもバイリンガルにはなりません。外国語を自由に話せるようになるには5,000時間の学習が必要と言われています(私の感覚では7,000時間です)。早期英語教育は、子どもの聴覚や言語再生能力が高い幼児期を利用できることと、5,000時間という長い旅路をできるだけ早く始めて、子どもの負担を少なくできるメリットがあります。
バイリンガル言語発達の相談窓口
日本での早期英語教育、いわゆるおうち英語は、親がよほど英語に偏った子育てをしない限り、子どもがダブルリミテッドになる危険性は低いと言えます。私が「バイリンガル子育て相談」を受けて最も心配するのは、母語以外の、社会言語や教育言語が異なる国々を転々と移動する親子です。「子どもは言葉をすぐに覚える」という迷信を真に受けて、移動する度に使用言語の違う学校に子どもを入れることが、子どもの言葉の発達には最も危険と言えるでしょう。
子どもの言語発達に心配がある場合は、早めに専門家に相談することが大事です。ただ、モノリンガルである医師や言語療法士に、継承語(親の言葉)や外国語の学習を中断するように指導されると納得できないかもしれません。できれば、バイリンガル教育に理解のある言語療法士を見つけるとよいでしょう。
また、バイリンガル教育の専門家や臨床心理士の方々が無料で相談を受けてくれる、「バイリンガル・マルチリンガル子どもネット」の「BM子ども相談室」というサービスがあるのでリンクを貼っておきます。https://www.bmcn-net.com/hotline
この記事はカナダ日本語情報誌『TORJA』連載コラム『カエデの多言語はぐくみ通信』2023年11月号に寄稿したものです。 https://torja.ca/kaede-trilingual-45
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