歴史や宗教を知らないと海外では話ができない
私が3か月間の熟年語学留学をしたフランスでは、新しい学びがたくさんありました。特に地方在住のフランス人やカトリック文化に根付く生活との出会いは、私に新たな視点を与えてくれました。海外では歴史や宗教を知らないと会話が成り立たないことがよくあります。
遠藤周作も見たルーアンの丘
私が留学した北フランス、ノルマンディー地方にある小都市ルーアンは、セーヌ川を利用した交易で古くから栄えました。百年戦争でフランスの危機を救った少女ジャンヌ・ダルクがここで処刑されたことでも有名です。また、クリスチャンでもある若き日の遠藤周作が、カトリック文学を学ぶためにしばらく滞在した町でもあります。彼の作品に「ルーアンの丘」という本があり、私も毎日その丘を眺めながら通学していました。町には101ほどの教会があり、毎日何度も鳴る鐘の音がフランスに滞在していると実感させてくれました。
私は20代でパリに8か月間これも語学留学をした経験があります。当時はほぼパリしか知らず、フランス人にはあまり良い印象を持っていませんでした。今回フランス地方都市にゆっくり滞在する機会を得て、フランスの人々の優しさに触れ、また、パリジャンも何十年もの昔に比べ随分ととっつきやすくなっていることを再確認し、自分の思い込みを反省しました。
国際交流をしようとフランスに着物を一式持って行きました。着物を着て出かけると、他人とは滅多に関わらないフランス人も、何人か声をかけてきました。パリでは毎週何かしら日本に関するエキシビションがあり、フランス人の日本文化好きジャポニズムは未だ健在のようでした。
フランス人とカトリック教会
フランスでは70 %の人がカトリック信者です。私の住むカナダでは、カトリックが30%、プロテスタントが20%です。カナダでもクリスマスやイースターが祝日ですが、フランスのほうが、生活とキリスト教がカナダ以上に結びついているように感じました。昔は、カナダも日曜には閉まっている店が多かったらしいのですが、今ではほとんどが営業しています。しかし、フランスでは観光地以外は日曜は閉めている店が多いので、旅行はうまく計画する必要があります。
フランスは、もちろん日本やカナダ、アメリカのように政教分離を確立していますが(近年はそうとも言い切れないですが)、カトリックの祝日がたくさんあります。ホームステイ先のマダムはそれにちなんだ料理を作ってくれ、彼女とカトリック教会について話す機会が何度かありました。
マダムの長年の友人がカトリック教会の神父をしていて、教養も深く、彼が夕食に来た時は、おいしいシードルを飲みハート型のチーズNeufchâtelを食べながら、ノルマンディーゆかりのバイキングの話をしてくれました。彼が帰るとマダムが、彼は若い頃はもてて、神父でも誘惑してくる女性がいたと教えてくれました。マダムは、「カトリック教会が神父に結婚を許さないのは不健康」、「離婚した人が再婚時に教会で式を挙げられないのは、今のフランスの実情に合っていない」とも言っていました。
カトリック信者であり、昔は教会で働いたこともある彼女が、客観的にカトリック教会を見る態度に私は共感しました。その話を聞いて思い出したことがあります。夫がまだ若い頃、カナダの尼僧院で料理番をしていた時期があり、楽しみの少ないシスターたちは大量に飲酒をする人が多かったそうです。
歴史や宗教を知るのは大事
国際人は公の場では宗教と政治の話をしないのはエチケットだと言われます。しかし、「しない」のと「できない」のでは意味が違ってきます。プライベートな集まりでは歴史や宗教はよく話題に上ります。北米の歴史もヨーロッパ史やキリスト教文化の上に成り立っているので、それらを知らないと彼らのジョークを理解できないことが多々あります。
移民や難民は世界中に散らばっており、世界の紛争に宗教が関係している場合が多いので、キリスト教に限らず、イスラム教やユダヤ教についてもある程度知っておいた方が良いでしょう。もちろん自国日本の歴史、仏教や神道について聞かれる機会もあるでしょう。
特に日本は、太平洋戦争を奇襲によって始めた国であり、中国の民間人を多数殺し、イギリス人やオーストラリア人の捕虜を不当に扱ったという印象を海外で持たれています。そして、初めて原子爆弾を落された国でもあります。海外では、そのような話題が出たり、時には日本に侵略されたことのある国の人から厳しい質問を受けることがあります。そんな時に、歴史をどれだけ知っていてどのような意見を持っているかが大事になります。突然話題を振られて何も話せず恥ずかしかったと言う日本人留学生はたくさんいます。
ドイツでは、ナチスに操られた歴史を繰り返さないための教育がされていると言います。しかし、今も昔も、日本の歴史教育では近代史はサラっと流され、日本がどのように軍国化されていったかを知る若い人は少ないのではないでしょうか。海外や自国の歴史や宗教を知り、広い視野に立って自分なりの考えを持つことで、海外の人と対等に語り合える入口に立てるのではないでしょうか。
この記事はカナダ日本語情報誌『TORJA』連載コラム『カエデの多言語はぐくみ通信』2023年9月号に寄稿したものです。 ☞ https://torja.ca/kaede-trilingual-43
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