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歩道にある左目

朝、自転車で転びました。

歩道に上がろうと自転車をちょっとスライドさせたら、

重力と摩擦の甘い関係が壊れて、二輪は空中を進み、

地面に転がってしまったのです。

さっと、手と膝をついたけど、異国の宗教者のように地面に深々と

額をつけた格好になってしまいました。

左目が、産卵する海亀の卵みたいに、地面に零れ出てしまったんじゃないかな?

と一瞬思ってしまうくらい痛い。

だけど、老人みたいに歩道に平たく伸びてしまったことの方が

なにより恥ずかしくて、痛みをこらえて急いで再び自転車に跨って

その場を走り去ったのです。

午後、お茶をしても痛みが引かなかったけど、約束があったので、

車で出かけました。

朝の事故現場を通り過ぎます。

あのとき、ほんとうに左目が地面に零れ出てしまっていたら。

まだ、左目はポツンとあの場に転がっているかな?

だれかが片付けてくれるかな?

その場合、燃えるゴミでいいのかな?

そんなことを考えて通り過ぎたのです。

夜、お風呂に入って暖まったら深く、重く、痛んでちょっと

泣けてきました。

いまも、左目があの場に転がっているのであれば、

あの、郵便局のある交差点の映像を送ってきたりするかな?

痛いのはいやだけど、寒空のだれもいない交差点の映像を、

暖かいお風呂をみることができるのは、悪くはないかな?

でも、目玉だけだから角度が変えられない。ピントの合っていない

アスファルトの、どアップの映像だったらとても嫌だな。

そんなこと考えながら、バスタオルで腫れ物に触るように拭いたのです。

明日、朝一番で近所のお医者さんにいく約束を自分にして、

今晩のところは、眠る許しを得たのです。

お医者さんが終わったら、あの交差点に左目を探しにいきます。

いい風景を送ってくれるように、角度を調整したいのです。

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