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はじめての推しカプ小説同人誌を作りたいという人がいたら 後編

後編です。前編はこちら。

3.時間

私は漫画同人誌も小説同人誌も作ったことがあります。で、小説同人誌は本文ができてからが長いです。漫画は原稿ができあがったらあとはセリフ入れくらいのものですが、小説の文章は本文完了後にやる調整がなかなかの期間です。
本稿では原稿執筆スケジュールは想定せず、本文はすでに用意済み、あるいはウェブ再録の前提で進みます。

スケジュールの考え方

いろいろありますが、下記の工程を見て、だいたいどのくらい時間がかかりそうかざっくりでも考えてみます。
で、平日に「無理せず」捻出できる時間、週末に「無理せず」捻出できる時間を出して、所要時間と捻出時間を計算する。そしてその期間を1.5倍する。
これが製本にまつわるスケジュールのドラフトとなります。

ツイッターでは限界入稿やら連続深夜作業などが語られがちで、なんかそういう一生懸命さがかっこいいとか作家っぽいとか思われたり思われなかったりしますが、趣味なんだから無理のないペースでやれたほうがいいに決まっています。極道スケジュール、ぜんぜんかっこよくない。むしろいい大人としてみっともない。結果的にぎりぎり入稿になるとしても最初からぎりぎりまでやれば、土日で2、3回深夜作業すればなんとかなるでしょで取り掛かるんじゃない。聞いてるか私。

印刷所選びの時間(納品までのスケジュール調整の時間ともいう)

さて、本文ができてから初めてちゃんと印刷所を選ぶことが可能になります。というのも、実際に本にしたい内容が固まってからでないと印刷所を比較しようがないからです。
これを本にするぞ、というテキストが整ったとき、自分がどういう心の動きになるのかは整うまでわからないのです。(特に初回は)

ざっと考えてもこういう↓パターンが思いつきます。

  • 予定より文字数が膨れ上がった、A5本二段組にしてページ数と印刷費を抑えたい

  • 想定よりページ数が少ないから逆に紙や印刷にこだわりたい

  • なんでもいいから文庫本サイズで出したい、その中の最安を攻めたい

  • 書き上がってみたら思い入れが強いお話になったので多少予算かさんでもじっくりたっぷり手をかけたい、表紙デザイン依頼したい、なんならイラストも依頼したい

  • 書籍用紙に印刷されて縦書きの本として製本されていればそれでいい

  • なんかコピー本でもいいような気がしてきた

  • カバーと帯をつけたくなってきた

  • 箔押ししてえ〜〜〜〜

要は優先順位が初めてここでわかってくるんですね。何度か本を出すとこのあたりは執筆しながらでもスケール感がわかってきますが、初めての場合は自分がどのタイプになるのかを事前に把握するのは難しいし、優先順位が決まっていない状態(=本文ができていない)で印刷所を選んでも無駄足になることが多いです。

印刷所選びについては、基本的に印刷品質と価格が比例するのでそのあたりで選ぶことになります。
その他の要素としては「特殊装丁用の紙・印刷方法がどのくらいあるのか」「入稿が簡単かどうか」
新し目の印刷所はブラウザで入稿データをアップロードするとそのままブラウザで全ページめくってプレビューできたり、アップロードした表紙データを微調整したりもできます。

あと高い印刷所は電話相談に乗ってくれるとか、漫画の場合は入稿データで文字のミスがあったりズレがあったりすると連絡してくれるとかいう説もあります。(単価の高いお仕事してるところの余裕と合理性ですね)

とはいえ、漫画同人誌だと36Pあると立派な本だけど小説同人誌の場合はその倍は欲しい。
となると、そう、印刷費も倍なのです。(用紙サイズと印刷費の相関関係は思うより狭いです)
小説同人誌で高い印刷所を選べる人は富豪なんだなと思っておきましょう。あるいは何度か本を出したあとなので捌け方がわかっており、大丈夫だと思っている。

本を印刷してもらうための時間

で、印刷所が決まると、逆算して入稿してから刷り上がるまでの日数も決まります。二週間〜一ヶ月くらいみておくといいです。お金をつっこめば(ほぼ倍額)イベント前日でも刷れたりするみたいですが私はやったことないです……なんでそんなことするの……

割増がとられない(とられないっていうとなんか被害者っぽいけど割増で作業してくれるという印刷所の温情ではある)料金にするにはだいたい二週間前くらい。ただし安くて評判のいいところは大型イベント前は予約必須だったりその予約も思うより早期に終わっていたりします。
でもってイベント会場に本を発送してもらう場合、さらに+5日の猶予を必要としたりする印刷所もあります。
本が手元に来てほしい日と印刷所が決まると、ここで入稿の締め切り日が決まります。

そして印刷所とおおよその文字数が決まったところでようやく、印刷用テンプレートに本文を流し込む作業となります。

本文のテンプレ流し込み後にする本文いじりの時間

さて、本文を何らかの方法で準備した、印刷用テンプレートに流し込みます。これはwordのテンプレ配布などやってる方もたくさんいるので(pixivのPDF機能使ってもいいし)、あんまり気にするような工程ではないです。印刷所がテンプレ配布してることもあるし。問題はそのあと。

誤字脱字のチェックをするんだろうな、くらいは想像がつくと思われます。
が、小説の場合はそれだけではなく、そこからが長いです。

  • 誤字脱字チェック

  • ページまたぎ文、改行調整、改ページ調整

  • 縦書きになったことでの印象調整

  • 書き出したPDFでの表示チェック

大きくわけるとこういうかんじでしょうか。誤字脱字チェックについては割愛。いいシーンでこれあるとだいなしです。ウェブ小説なら気づいたときにしれっと直せばいいけれど印刷だとそうはいかないんですね。

読み手はだいたい「気にしない」と言ってくれるけれど(実際そうだったりもするけど)、誰よりも気になってしまって数ヶ月誰よりも悔い続ける人間、時間を戻したいと願ってしまう人間が一人います。一人。心当たりがあるでしょう?

ページまたぎ文、改行調整、改ページ調整、というのは文字通りです。ウェブの文章と違って、紙には1ページの行数と行の文字数が決まっています。

・一つの文がページをまたいでいたら前後の漢字をひらいたりとじたり改行調整をしたりして調整
・文字数の関係でセリフの最後の一文字だけが改行されていたらそこも調整
・シーンや章立てが大きくかわる場面でその切り替わりが見開きの中で発生していたら改ページしたりもする

など、紙になったゆえの調整が出てきます。やらない主義の人もいますが、個人的には、せっかく紙の本になるならばこだわってみてほしいところです。というか商業出版された小説はほぼ例外なくこの処理がされており、同人誌でこれに遭遇するとそれなりに違和感が強く出てしまいます。(ということはやっぱりやってる人多いんだろうな〜と思う)

余談ですが京極夏彦は見開き単位でシーンをコントロールしているそうです、漫画と同じ考え方……本業がグラフィックデザイナーだからやれる技……(だからそもそもの執筆もプロ用デザインレイアウト用ツールで作る)

あとこれらの作業をしていると自分の原稿を何度も読むことになるので構成を変えたくなることもそこそこあります。そうなるとまたけっこう時間かかってくる。

なお、wordなどの場合、PDFにしたら文中の数字が横になったままだったり作業中には絶対になかった文字ズレが起きたり(閉じカギカッコが改行されたり)、そうと知らずに使っていた機種依存文字がPDF用のフォントに存在せず文字化けたりもするようです。

本の体裁を整えるための時間

表紙を用意したり裏表紙を用意したり、奥付け(これはいろいろあって書かなければいけない内容が決まっています、本稿では割愛)を用意したりします。

これは本文の調整に比べれば大したことはない要素ですが、表紙デザインを依頼する必要があるのであればこの依頼から納品までのスケジュールも必要になります。依頼から納品まで二週間くらいみておくといい気がします。
なお私の場合は自分で描いてました。

小説同人誌の表紙調達方法も検索するといろいろ出てくるので、予算とポリシーに合う方法を探してみましょう。

4.人への頼り方

基本的にだいたいのことは「何をするのか」の全体がわかれば検索可能です。同人作家はなにかとノウハウを書き留めているし定期的にそういった記事、ツイートなどはバズっています。
「印刷所の選び方」「PDF原稿の作り方」などは山ほどあるし、boothあたりにもよくまとまった本があります。

が、検索だけではどうにもわからない、検索しきれない、というところは出てくるかもしれません。そういう時には、信頼できると感じた同ジャンルの文字書きに思いきって相談してみるのも手です。
同ジャンルに限定するのは、同人誌というのはジャンルによって売れ方、空気感が全然違うからです。鬼滅全盛期の作家の言うことを間にうけて爆走兄弟レッツ&ゴー同人誌の発行部数を決めたらどうなるかということです。

みんな語りたい

もともと仲が良い、というかある程度やりとりがあり、互いの作品にリスペクトがあるならば、思い切って頼ってみると、まあ体感で8割くらいの人は嬉しげにいっぱいいろんなことを喋ってくれると思います。

同人誌の作り方、部数、締め切りの「本当のところ」の話はSNSでツイートできる話ではないし、人間はもともと「初心者が教えてほしいと自分を選んで乞うてくる姿」に劇弱なのです。わたしなど自分あてでもなんでもないツイートをタイムラインでみただけでこうなっています。

残りの2割のしゃべりたくない人に関しては、ふわっとごまかそうとします。8割サイドはダーーーーーーーーッとしゃべるのでこの違いはすぐにわかります。

その場合でも、一応、「発行部数」の話だけはむこうが話してくれるまでは尋ねないようにしましょう。これはなんというかいろいろ難しくて、「真名と住所教えてください」に近い行為なので。まあ「だめなんだな」くらいで。

ちなみに前編で「裏技」を教えてくれた方(恩人と思ってる)は、私が推奨発行部数とその予算にびびって「30部くらいずつで発行します、気になる方はおとりおきを……」とツイートしたら直後にもくりに突撃してきて「足りない足りない絶対足りないからこういう方法をお伝えします!!」と、裏技と彼女自身の発行部数、利益、在庫の扱いについて数字を隠さずに全部しゃべってくれました。聞いてて「付き合い深くないのにそこまで私がきいちゃっていいの!?!?」となるくらいしゃべってくれました。

でもそのおかげで、万全の体制で発行することができました。あとで知ったのですが、同じように彼女に助けられた字書きさん、他にもいたみたいです。すごい人だ。

でもこういう人には気をつけて

基本的に同人作家、いい人ばかりではあるんですが、稀に危険人物もいるので気をつけてください。「初心者です、はじめて本を出したいと思ってます」というとどこからともなく頼まないのにべったりと距離を詰めてくるのが特徴の一つです。

民俗学のフィールドワークでは「限界集落であちらからやってきて親しげにほがらかにしてくるやつはやばいやつだから気をつけろ」みたいなあれがあるそうですが、そういうかんじ。

危険人物っていってもわかりやすく詐欺師とかそういうんじゃなくて、ふつうにばりばりやってる同人作家です。

上記の「恩人」のように、善意、好意、そして少しの「こいつを推して推しカプ本を増やす」という下心で教えてくれる人は、「自分自身の経験談」と「選択肢の提示」だけを行います。

なお、「危険人物」は「恩人」と違い、自分の発行部数も、どこで刷っているのかも一切話しませんでした。でも危険人物は「命令」してきます。

命令といってもわかりやすく「しろ」と言うのではなく「絶対に◯◯がいいよ、◯◯にしなよ」という強制と、「◯◯しないと周りの人にこういう風に言われるよ、毒マロとか送られてくるよ」とマイナスの未来を抱き合わせることで、自分の指示どおりに行動させようとします。
たまに芸能人が占い師に洗脳されるニュースありますけど、あのタイプ。
ダメ出しが多いのもこの「危険人物」の特徴です。彼女提示した以外の方法をとろうとすると、「それはダメ」「絶対にやめたほうがいい」などと否定してきます。いいようにいうことをきいていると次には作品やタイトルのダメ出しなどもしてくるケースもあるようです。

芸能人を洗脳するタイプの占い師の目的は金銭ですが、「危険人物」の場合、「自分の言うとおりに行動する姿を見ると満たされる」という欲求の充足が目的です。配信者のコメ欄に沸く自治厨に近いです。指示通りの行動を取らせることを「善意」と思っている節があります。
自分のことを敏腕ディレクターだと思っている、スパルタ(だが有能な)漫画編集者だと思っている、孔明だと思っている、あたりが近しいです。
でももちろん支持された側の判断には一切の責任を持ちません。

私はこのタイプの人に家賃三ヶ月分の印刷費を出さないと毒マロが送られてくる、悪い評判がたつみたいなことをもくりで詰め寄られていましたが、前述の「恩人」が飛び込んできたことで救われました。
今なら「間にうけんなそんもん、そいつ印刷代出してくれるわけでもないんだぞ」と言えますが、ほぼ完全に初めて(10年くらいブランクあったし)状態で、サシで話していると「言うとおりにしなきゃいけないのか」という気になってきてしまうんですよ。怖い。

そしてこの両者と私という、左右に天使と悪魔みたいな状態が並んだ空間(もくりだけども)に投げ出されたことで、「なるほど、善意の行動と支配欲の行動はこうも違ってくるのだなあ」と思った次第です。

表紙を絵描きさんに頼みたい

これはね……これはすごくいろんな意見、謝礼の相場が溢れてます。

私は依頼したことはないのですが、考え方としては「丸二日相手を拘束した場合のバイト代」としてベースを考えて、そこからお友達価格的なあれこれとか現物でお渡ししたりとかで差し引きするかんじかなあ……と思っています。

ぐぐってください。もし直接聞ける人が近くにいるならこっそり教えてもらってください。

5.まとめ

全体の概要だけの記事のつもりでしたが、長いですね。
全部一気に読まなくてもいいです、というか読んでる人いるのかな。

わからないですが、推しカプの本を出したいという気持ちは人生に楽しいことが一個ふえる一歩であるのは間違いないので、無理せず、楽しく、チャレンジしてみてくれるといいなーと思います。

(とはいえわかんないこと多すぎると楽しいどころじゃないんだけども)
(その辺が少しでも拭えればと思って書いてます)
(長い文章だけど小説本出そうって人なら読めるんじゃないかな)


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