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「魔女狩り」の構造 新型コロナ後のコンテンツを考える

「with / after covid19のコンテンツ」を考える

コルクラボでは「with / after covid19のコンテンツ」を考えるイベントを4月末から続けています。第一回「with / after covid19のコンテンツを考える」、第二回「大災害・大事件のあとのコンテンツを考える」、第三回「with / after covid19のコンテンツ ペストと魔女狩りの関係からコンテンツを考える」というテーマを、まじめに、でもざっくばらんに深夜まで語り合っています。第二回のまとめは佐渡島くんのnoteにまとめられているので、未読の方はそちらも読んでみてください。ここでは第三回の内容をまとめます。

魔女狩りとはヨーロッパで1570年代から1630年くらいまでの間に集中的に起こった事象です。「魔女」であると疑いをかけられた人が、拷問にかけられ、その自白に基づいて処刑が行われました。6万から7万くらいの無実の人間が殺害されたと言われています。

○災害や疫病などの大量死が引き金となるマイノリティへの迫害

ヨーロッパの人口

黒死病の後のヨーロッパの人口(黒川正剛『図説 魔女狩り』)

魔女狩りと黒死病の関係のことを言われる人がいるけれども、黒死病による人口減少は14世紀に起こっていて、16世紀の後半から目につくようになってくる魔女狩りとは直接の因果関係はない。ただ、黒死病を起点とするマイノリティの殺害のような現象が起点となって負の連鎖が始まっていることは確か。

○最初はマイノリティの殺害から

12世紀末から13世紀にかけて、本家のカトリックが世俗化(要は日本で言うところの生臭坊主状態)すると、聖書に忠実な「異端」のキリスト教徒が出てくる。カトリックはそうした「異端」を排除するための異端審問制度を持つことになる。コンビニの経営者が本部の指示を守らず、いろいろ独自の施策をやるやつを排除するみたいなものか。それが15世紀中期に魔女狩りに転化してくる。その前段として、ユダヤ教徒、ハンセン病患者などが14世紀にリンチにより殺されていた。宗教による習慣の違い、病気への差別など、人間が持つ差別感情は中世も現代も変わらない。

○勢力が拮抗しているときには魔女狩りは起こらない

ルターやカルヴァンが宗教改革をし、17世紀の30年戦争(~1648年)の時代に、カトリック対プロテスタントなどの大派閥同士の戦いでは、相手方を「魔女」として殺害した例はない。大派閥のなかの小さな異端が魔女狩りの犠牲者であった。組織内の一体感が重視されるフェーズで、組織の中にほんの小さな「異端」を見つけ、リンチするというのは、連合赤軍事件や山口組の分裂騒動など、枚挙に暇がない。

○中央集権的な権力が機能している地域で魔女狩りは起こらない

神聖ローマ帝国領内の小さな領国、スイスの各州など、分権的に小さな単位で運営されている自治的コミュニティでの異端者、分派などが狙われる。イタリアやスペインなど、カトリックの一枚岩の地域では魔女狩りでの処刑は少ない。裁判所や法務官僚がいて、インテリを育てる大学制度がある中央集権的な統治機構のある地域では魔女狩りは起こりにくい。なぜなら、国家運営が科学とルールに則って行われるからだ。

図1

○魔女狩りの経典の存在

1486年に出版された『魔女への鉄槌』という本が教科書になって、その100年後に魔女狩りが爆発する。この中で魔女は、サバトという集会に出て、子どもを誘拐して殺し、鍋で煮て軟膏を作り、乱交を行うとされている。この本は、ヨーロッパ各地に残っていた土俗的な風習を、非カトリック的な堕落、魔女の習性として断罪する書物といってもいい。

ユダヤ人がゲットーに集中していて、猫を飼っていたので、ネズミが媒介するペストが流行しなかったという説がある。そこにカトリックの多数派が「疑惑」を持ち、ペストを広げたのはユダヤ人というデマに流され、虐殺につながったりもした。

書物に書かれた「正解」の存在が、魔女狩りをより一層激しくした。『魔女への鉄槌』はカトリックの異端審問官が書いたもので、当時の基準で見ても偏見や差別感情に基づくものであったが、中央集権的な権力が及ばず、大学などのインテリ層のない地域では「書籍」が権威になってしまった。

○現代の魔女狩り

2018年インドでふたりの観光客が、SNSで「誘拐犯」として拡散されて殺害されている。同じく2018年、メキシコで男性ふたりの軽犯罪者が「誘拐犯」としてSNSで拡散され、臓器売買をしていると誤解された上、公衆の面前で焼き殺される。2019年、少数民族のロマが「誘拐犯」というデマがSNSで拡散される。パリの郊外で襲撃事件が多発する。

マジョリティの中にいるマイノリティが狙われるのは、歴史上の魔女狩りとまったく同様である。犠牲者は「旅行者」「軽犯罪者」「ロマ」であり、「子どもに対する犯罪を行っている」という噂がSNSで拡散されることが原因となっている。「子供に対する犯罪」というのは、中世から現代まで、大衆を怒らせ「魔女狩り」が発生する第一の原因になっている。

戦争や疫病のような理不尽な大量死が起こると、その死の原因の具体的な原因を大衆は求める。第二次大戦の後、日本では軍人や為政者、学校の先生などに対する大量の密告書がGHQに届き、占領軍を驚かせたし、アメリカでも戦後のソビエトのスパイが政権にかなり浸透していたことが分かり、赤狩りという左翼的な思想をもつ人物、映画業界などの文化人まで「魔女狩り」の犠牲になった。

○「魔女狩り」とコンテンツ

きっと、ここから大量の死者がでたコミュニティでは、「魔女」探しが始まる。そうした様子は、赤狩りの犠牲になった『ローマの休日』の脚本家、ドルトン・トランボのことを描いた『トランボ』という映画、連合赤軍のことを描いた若松孝二監督の『実録連合赤軍』、立松和平『光の雨』など、組織や社会の中で、ほんのちょっとした「異端」をきっかけにリンチが始まる様子が描かれている。

大ヒットした『Joker』も、見捨てられた白人貧困層(レッドネック)というマイノリティの物語だ。レッドネックは自由貿易主義者によって仕事を奪われ、白人ということで、マイノリティとしての公的支援も受けられない「経済的に大量死した米国の中産階級」の代名詞だ。アファーマティブ・アクションなどで、社会的に救われている伝統的マイノリティや、そうした支援を政治的に推進したリベラルな白人富裕層を「魔女」として弾劾したいレッドネックたちの気分に沿ったコンテンツになった。

ここからのヒットのなかに、こうした肉体的な大量死だけでなく、経済的に大量死したセグメントの「ルサンチマン」を受け止めたものがでてくるのではないか、というのが今回の議論の大きな方向性であった。みなさんはどう考えるだろう。

こんなことを楽しく話せるコルクラボは稀有な場所だと思う。

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