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巨大病院の院長が犯罪を犯してでも創りたかった未来とは『銀行渉外担当 竹中治夫 大阪編』

「命だけは平等だ」と言った徳田虎雄という男をご存知だろうか。彼は徳洲会という日本最大の医療法人のトップで、医療界を自分の意思で改革しようとした寵児でもあった。過去形を使ったのは、彼はALS(筋萎縮性側索硬化症)で病床にあるからで、徳洲会事件と呼ばれる選挙違反事件での親族の逮捕・退任や内紛による側近の解雇で彼の影響力がどこまで残っているかはわかっていない。

彼が医師会と闘うために政界進出し、医療過疎地をなくすために全国に病院展開していったのは、奄美大島という過疎地で満足な治療を受けられずに弟をなくしてしまった経験があったからだ。そういう犠牲者をなくすという目的のために、手段は選ばないという生き方をしていた。

『銀行渉外担当 竹中治夫 大阪編』4巻では、この徳洲会の徳田虎雄をモチーフとしたキャラクターが登場する。徳田虎雄のようなダークヒーローは、世の「言いにくいけど本当のこと」を代弁してくれて痛快だけれども、その存在が目立ちすぎると社会から抹殺される。そういう存在だ。

そういう哀愁を常に身にまとっているキャラクターが何人も出てくるところが、この『銀行渉外担当 竹中治夫 大阪編』という物語の魅力である。この巻から始まる病院ビジネスの闇を描く話は、「医療過疎地」をなくすという正義と「医師の過当競争を防止する」という医師会の正義のぶつかり合いになるはず。それを徳田虎雄をモデルにした織長無限というキャラクターに託して、竹中と対決させる。これだけでワクワクが止まらなくなる。

ただ「目的を果たすために手段を選ばない」男がどういう運命をたどるのかは、歴史が証明している。

「日本はなぜ焼き尽くされたのか」というNHKのBSの番組がある。このなかで、米軍の陸軍航空隊が、独立して空軍を創設するための実績づくりとして、日本の爆撃で民間人をどれだけ焼き殺してもいいという意思決定をする様子が描かれている。東京大空襲で10万人の民間人を殺し、日本中の民家を焼き、後に米空軍のトップになるカーチス・ルメイは、まさに「目的のためには手段を選ばない」男だった。

オハイオの田舎町出身のルメイは立身出世のため、日本の民間人を何人でも殺す覚悟だったし、キューバ危機のときにもキューバに持ち込まれた核ミサイルを空爆しようとして、ケネディ兄弟に核戦争を起こす危険な男と目されるほどの攻撃的な人物だった。

こうした人物は、意思決定を迅速にするため、独善的で、目的合理的であれば倫理にもとる行為でも平気で実行できる。次第に本人と社会との意識がズレていき不幸な最後を迎えることになる。ルメイのあまりの攻撃性に恐れをなしたケネディ兄弟により、彼も引退に追い込まれることになる。その後、家族も含めて「非人道的な無差別爆撃」の批判を受け続けることになる。

「自分の正義」が「社会の正義」とズレてくる、その瞬間が強烈なドラマになる。『銀行渉外担当 竹中治夫 大阪編』はそんな物語だ。

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