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短編小説「占い師」



 「おばさん、これ本当なの?」俺は駅の西口から東口へ移動するために設けられた地下通路で、おばさんにそう話しかけた。俺の目の前にいるおばさんは通路の壁を背にし、木でできた折りたたみ式の椅子に座っている。服装は喪服のような黒色のワンピース。そして、いかにもという黒い布を被せた小さな机に、野球ボールほどの水晶と台座をセットにして置いていた。人を見た目で判断するのは良くないが、ここまで雄弁に〝占い師〟であると伝えていては、相手も本望であろう。




 しかし、この地下通路ではそう珍しい人種でもない。手作りのアクセサリーを売るお兄ちゃん、アコギを弾きながら歌を歌う夢追い人、人の背中を押す詩を色紙に書き売る人。そんな人たちが時間の概念に縛られることなく、神出鬼没の如く現れては消えていく。




 占い師のおばさんに対しても、その神出鬼没の輩と同様に、仕事帰りの俺の歩みを止めることなく、一瞥いちべつだけしたあと横を通り過ぎようとした。しかし、それができなかった。おばさんの横に立てかけてある妙な看板が目に入ってしまったのだ。



〝占った結果と違った場合、占い師をやめます〟

 



 「はい。私は占い師を辞めます」おばさんの目は斜視であった。おばさんは俺の目を見据えている様に話してはいるが、俺の後方、何か常人では捉えられないものを眺めている様に感じられた。実に魅力的な瞳であった。「随分、すごいことを言うね。それは自信なの?それとも詐欺まがいなペテン師だからなの?」俺は体の正面をおばさんに向けると、捲し立てる様に質問を浴びせた。そんな質問におばさんは慣れているのか、「ハズレたら占い師を二度と名乗らない。それくらいの自信は特別なものじゃない」「例えば、俺がいつ結婚するかとかもわかるの?」おばさんはちらと、俺の左手の薬指に指輪がされてないのを確認すると「占えばすぐにわかる。30分5000円よ」と、静かに答えた。俺はおばさんの魅力的な瞳に、気づいたらイラつきを覚えていた。





 「わかった。5000円払う」俺は決して高くはない料金分のお金を財布から抜き出し、おばさんに渡した。最悪、会社で話す話題の種になればいいと、ヤケクソな気持ちもある。




 「それで先輩、その占い師は詐欺師だったんですか?」社用車を運転しながら後輩は私に聞いてきた。訪問先へ向かう道中、話の種に困った俺は、後輩にこの前出会った占い師の話をしていた。いや、占い師ではない。今俺が知る限りおばさんを表す言葉は、超能力者である。




 「ずっと占い師と言っていたが、正確に言うとあのおばさんは占い師じゃない。超能力者だ。あの日、30分で俺の将来のことを事細かく占ってくれたよ。3年後結婚して、5年後に子供が生まれる。そして8年後に昇進を果たし、81歳で死ぬ。事細かく占ってくれたよ」俺は話しながらあの時の情景を思い浮かべていた。今思うと恐怖と言ってもいい。〝占い師をやめます〟あの言葉の本当の意味を知った今、私は体が震えてきた。




 
 俺の助手席での様子から色々と察したのか、後輩が気を遣って、「そんなに思いあたる節があったんすか?すごいな、俺も占ってもらいたいです。まだあの地下通路に居ますか?」と高揚した声で聞いてきたので、私はつい大声で怒鳴ってしまった。「あいつに占ってもらう必要なんてない!」




 私の声に驚いたのか、後輩は体を少しびくつかせていた。運転中の後輩に気を配れない俺は、先輩失格であると少し反省し、後輩に謝罪し占ってもらうのはやめた方がいい理由を伝えた。




 「次の日あの地下通路を通ったら、おばさんは同じ場所にいたよ。しかし、看板には〝占った結果と違った場合、預言者を辞めます〟と書いてあった。そして、次の日は〝占術師〟そして、昨日の夜は〝超能力者〟その逞しい生き様を見た時、俺は脱力しちゃったよ」伝えたかった内容を後輩に話し終えると、俺はワイシャツのボタンを一つ外し、首にかけていたネックレスを見せた。ネックレスの先端には亡き妻と永遠を誓った指輪を通してある。





 「でも、よかったんだ。何年経とうが俺が再婚するわけないって、あのおばさんにどう証明してやろうかずっと悩んでたから」後輩は無言で頷いてくれた。少しばかり目に涙をためている様であったが、気づかないふりをした。俺は後輩の運転が大好きである。横でくつろぎながら義弟でもある後輩の横顔眺める。亡き妻の面影を感じながら微睡まどろむことができから。




 


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