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銀河英雄伝説が先生

こんにちはカドジュンです。ゆうべEテレで『銀河英雄伝説 Die Neue These』の放送が始まりました。原作はもはやクラシック(古典)ともいうべきSF小説の傑作で、あらゆるコンテンツに展開しています。アニメ、マンガ、舞台、実写も?… アニメ化は2回目となりまして、私は大きな影響を受けました。

たしか1990年くらいに最初のアニメ化でハマりました。いちばん衝撃を受けたのは正義と悪の対立みたいなストーリーではないのです。当時からしたらおどろきました。日本人的勧善懲悪な思考からすれば、帝国=悪、同盟=正義みたいなくくり方をしてしまいがちじゃないですか。(ep4,5の)ダースベイダーだって、デスラーだって、子どもの私にはワルモンでした。でもそんな単純じゃないんだよと教えてくれたのです。たとえば主人公ラインハルトは帝国を簒奪するけど、以前よりも素晴らしい統治を行い銀河を統一する。もう一人の主人公ヤンは腐敗した同盟のなかで、民主主義を残そうとする天才戦略家。作中にある「腐敗した民主政治と清潔な独裁政治のいずれをとるか、これは人類社会における最も解答困難な命題であるかもしれない」というヤンのセリフが大きなテーマだと思います。かんたんにいえば『人類って太古から未来まで愚かなことを繰り返しているよね』と帰結します。

つまり、この作品では勧善懲悪でくくれるほど人間や立場は単純じゃないということと、ある主張の他方には同じくらい意味のあるいろんな主張があるんだよという多様性に気づくことができました。教育学部に進んで、まあまあガチガチなアタマになっていたので救われました。また、この思想は今も自分のベースだと考えています。

でも、じつはこの経験は初めてではなく小学生の時に読んだ本でも味わったもので、銀河英雄伝説をみて思い出したのです。それはアレクサンドル・デュマの『三銃士』。まあ本当の古典ですね。主人公のダルタニャンを追いつめる悪の枢機卿と思われていたラスボスのリシュリューも、じつは立場は違えど国を愛する1人だったというラストは衝撃でした。だって毎週、水戸黄門や大岡越前みてましたもん。

「リシュリューはワルモンじゃなかとー!?」となりますわ。小学生は(笑)

もともとこだわりが若干強かった私ですが、こういった作品のおかげで多様な立場や考え方を認めていかなければならない、という価値観に触れたのはラッキーでした。

p.s. 『三銃士』は壮大な『ダルタニャン物語』の一部。生きてるうちに全部読めないだろうなあ…


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