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異語り 067 霜柱

コトガタリ 067 シモバシラ

今は毎年雪に埋まる生活をしています。
でも、子供の頃は 今年は降るか? 降らないか? 
というぐらい超レアなものでした。
子どもの冬の楽しみは、水たまりに張った氷か、霜柱。
通学中に見つけたら競って踏みに行ってました。


友人の真理ちゃんの家はよく玄関前に霜柱ができたそうです。
寒い日の朝は一つ上のお兄さんと取り合いの喧嘩をすることもあったとか。
「少しでも早起きして先に踏んでやるんだ」
冬の初めの頃はいつも気合が入っていました。


ある朝、まだ薄暗いうちに目が覚めた真理ちゃんは布団の中でぼんやりと天井を見つめていました。
いつも起きる時間より2時間以上も早いのでもう一度眠ってしまってもいいのですが、なんとなく寝付けません。
はっきりとは覚醒しきっていない頭でどうしようかと考えていると、

シャク……シャク


シャク ジャク


微かな音が聞こえます。
まだお母さんも起きていないのになあ と考えつつぼんやりと音を聞いていると、不意に勢いよく血が駆け巡りました。

霜柱の音だ!
お兄ちゃん、ずるい!!

布団をはねのけ窓に駆け寄ると勢いよくカーテンを開けました。
玄関の方を覗き込もうと窓にペタっと頬をつけ、目を凝らします。


シャク……


シャク……シャク


家の影から黒い影が現れました。
急いで鍵を外し窓を開けると、文句を言ってやろうと思い切り息を吸い込み


そのまま息を止めました。


角から現れた影は兄のものではなく、黒くて大きな毛の塊のようなモノ。

大型犬2頭分くらいありそうなそれは、真理ちゃんが窓を開けた音に驚いたのかピタリと静止しています。

……あっ、やばいかも

気づかれないうちに窓を閉めようとそっと動き出すと、向こうもゆっくりと動き始めます。

ザワザワと全体がうごめくように毛が波打っています。

じわじわとこちらに振り返ろうとしているのがわかりました。


やばいやばいやばいやばい

頭ではそう思っていても体がこわばってうまく動くことができません。

毛玉のふちに赤いものが現れ、その面積が増えていきます。


大きな唇が黒い毛の上に乗っかっているように見えました。


目玉は見えないのに視線を感じます。


あっ 見つかった!


そう思った瞬間


赤い唇が舟形に大きく歪み、その中に拳大の歯が並んでいるのが見えました。


パコンッ!
「何してんだ、寒いだろ」
突然、後ろから思いっきり頭をはたかれ、思わず床にひっくり返りました。

見ると兄が怖い顔をして窓の前に立っています。

「お兄ちゃん、変なのがいる」
自分を睨みつけながら窓を閉める兄に、言いながら外を指差しました。
「はぁ?」

全く信じていない顔で見つめてくる兄を必死に見つめ返していると、しぶしぶ窓の外を確認してくれます。



「何もいねーぞ」
「……でもさっきは」
「寒いから布団に入れ」
兄はカーテンも引き直し、さっさと自分の布団に潜ってしまいました。
真理ちゃんも布団に戻ると頭まですっぽりと中に入りました。

「何かいたんだって」
「はいはい」
「本当だから!」

「……あのな、……完全に日が昇るまでは外は見んほうがええ」

予想外の答えに慌てて布団から顔を出すと、兄はちょうど背中を向けようとしていたところでした。

もしかしたら、お兄ちゃんもなんか見たことがあるんかもしれん。

そう感じたので、それ以上追求するのはやめたそうです。


昔は変なモノと遭遇する話もよく聞いていたように思います。
語ってくれる人が身近にいたから、モノノケたちも元気だったのかもしれません。

あの頃に比べて夜は明るくなりました。モノノケたちにとっては住みづらい世界になってしまったのかもしれません。


最近はコロナの影響でまた少し静かな夜も増えた気がします。
もう少し不便でもいいから、モノノケたちも暮らしやすい世界になればいいなあ。

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