見出し画像

異語り 064 深淵

コトガタリ 064 シンエン

友人Mの子供の時の話


その日は朝から雨でした。
学校から帰る時にはすっかり晴れていましたが、道路のあちこちに大きな水たまりができていました。
みんな長靴を履いてきていたので、バシャバシャと水たまりを選んで帰りました。

友達と別れて1人になっても、そのまま水たまりの中を歩いていました。

さあ、次の水たまりはどこだろう

顔を上げて道の先を見ると、二つほど先の水たまりに波紋が見えました。
「あれ、また雨が降ってきちゃったのかな?」
慌てて空を見ましたが、頭の上は綺麗な青空です。

「何だ、キツネノヨメイリかあ」

さしかけた傘を持ち直して、次の水たまりへ進みます。

近くなったさっきの水たまりにまた ポツ  ポツ と波紋が浮かびます。

でも空は晴れているし、自分にも雨は当たりません。


なんとはなしに周りを見回してみても、ほかに波紋が立っているような水たまりはありませんでした。

もしかして自分の歩くしぶきが飛んでいるのかもしれない。
なるべく飛沫が飛ばないように気をつけながら、水たまりに近づいていきました。

その間にも

ポツ

ポツ ポツ

波紋ができています。


その水たまりはマンホールぐらいの大きさで、周りと比べるとそれほど大きくありません。でもその水たまりにだけいくつも波紋が広がっているのです。

すぐそばまで近づいて、そっと中を覗き込んでみました。

水面が反射していて見にくいですが、泥で濁った普通の水たまりに見えます。

目の前でぷつっと波紋ができました。

雨ではなく、水の中から小さな気泡が出てきているようでした。

「なーんだ」
ちょっとホッとしてさらに水たまりをのぞき込みました。
自分の影ができた部分から少し中が見えた気がしました。

誘われるように持っていた傘を水たまりの中へ突き刺しました。
傘は抵抗なく濁った水の中へ刺さります。

「うわあ、けっこう深いのかな?」

傘の先でぐるぐると水をかき混ぜていると、何かにあたった感覚がありました。


ガボン!


突然辺りが真っ暗になり、頭から冷水を浴びせ掛けられたみたいに体中がギュッと縮まった気がしました。

慌てて空を見上げると、空も真っ暗でマンホールくらいの穴があいています。
そこだけに青空が見えます。


こちらを見下ろす女の子が見えました。

空の穴から長い棒が降りてきました。

これを掴まなければ!

その時は絶対にそうしなければ、と思いこみ必死に棒にしがみつきました。

必死で棒にしがみついていると、空はぐるぐると歪み始め、穴はどんどん小さくなっていきました。


そして真っ暗になってしまいました。


「ちょっとM、なんでこんなとこで寝てんのよ」

お母さんの声で気がつくと、そこは自分の家の前でした。
買い物から帰ってきたら玄関の前で倒れていたので驚いたそうです。

怪我などはしていませんでしたが、お気に入りの長靴と傘をその日以来なくしてしまいました。


あのとき見えた女の子が


自分に似ていた気がするのですが


あまり思い出したくはないです。

サポートいただけるととても励みになります。 いただいたエールはインプットのための書籍代や体験に使わせていただきます(。ᵕᴗᵕ。)