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【野球バカの本棚】暴れん坊列伝(1988年 文藝春秋)

プロ野球の開幕も決定し、テンションが上げ潮に向かいつつある今。
ふとこれまでの野球(バカ)人生における愛読書を振り返ってみたいと思いました。

1回目は、当時小学5年生のぼくが購入した初めての「書籍」。
活字といえば藤子不二雄のマンガくらいしか読んだことがない頃。ばあちゃんの買い物に付き合ったついでに、スーパーに隣接する本屋さんで「好きなものを買っていい」と言われ思わず「ジャケ買い」したのがこの「暴れん坊列伝」である。


すでに熱心なライオンズファンだったぼくは、表紙の東尾が見せる表情、視線の迫力にどうしようもなく惹きつけられたことを覚えている。


「マンガじゃなくていいんね?」と驚くばあちゃんだったが、その心配をよそに、ぼくは夢中になって読みふけった。


東尾をはじめ、金田正一・星野仙一・アニマルなど、当時すでにレジェンドとなっていた歴史的選手から現役選手まで、興味深い逸話が満載。でも単なる面白エピソード本ではない。この本の本当の魅力は、彼らの「暴れっぷり」を通じて、野球の奥深さを教えてくれるところにある。


たとえば東尾といえばケンカ投法、史上最多の与死球記録をもっていることで有名。しかしその数字の裏には、比類なき技術と鋼のような度胸を備えた東尾だからこそなし得る「投球術」が隠されている。著者はそれを読者に立証する。

死球数ばかりが取りざたされる東尾だが、実はとても四球が少ない投手だった。本書が書かれた直近シーズンである87年でみても、15勝をあげた彼は222.2回を投げて与四球わずか29。これは規定投球回数をクリアした投手の中で両リーグ最少の数字だ。一方で与死球もリーグワースト2位の6。この数字だけを見ても、際どく攻めながら抜群のコントロールで料理する一流のテクニックが想像できる。


そんな東尾の真骨頂となるエピソードが、82年の日本シリーズ。

ジャイアンツ相手に3勝3敗で迎えた第7戦。0-2で迎えた7回に2死満塁の絶体絶命のピンチを迎える。打席には4番・原辰徳。1点でも失えば日本一が絶望的となる緊迫した場面。

カウント2-2からの5球目、東尾が投じたボールはなんと頭部スレスレのビーンボール。打ち気マンマン、完全に意表を突かれた原はもんどりうって倒れ、マウンドを睨みつける。一方の東尾はどこ吹く風。
そしてフルカウントとなり運命のラストボールは、アウトローいっぱいに見事にコントロールされたストレート。完全に腰が引けた若大将を空振り三振に切ってとる。
その裏、3点をとって逆転したライオンズが日本一を奪取したのだ。

この場面を振り返って著者はこう綴る。

「これほどまでの野蛮な迫力と高度な技術とを同時に堪能させてくれる投手は他にいない。そのうえ、彼のピッチングを分析してみると、驚嘆すべき怜悧な計算がはたらいていることが読み取れるのだ。」

この他にも、張本勲と大杉勝男、三原脩と水原茂など、人間関係とそこに生じる感情まで掘り下げ、グラウンドで起きた事実の裏にある「真実」を描いている。

それまで、ライオンズの勝敗、得点、ホームラン、目に見える「結果」だけに一喜一憂していたぼくは、その結果にいたる「物語」こそが面白いものであることを知ってしまった。そして、もっともっと野球を好きになっていく。すべては「暴れん坊列伝」が始まりだった。


この「列伝」シリーズには「豪打列伝」「助っ人列伝」「巧守巧走列伝」などがあり、もちろん本棚には全冊揃っているし、どれも魅力的な個性を放つ本だ。


ただしぼくにとっては、この30年以上にわたる野球好き人生の幕を開いてくれたと言ってもいい「暴れん坊列伝」は、特別な一冊だ。

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