
ヘルシンキの目抜き通りで1000人のロングテーブル、Dinner under the Sky
Helsinki day
6月12日はヘルシンキの日。1550年6月12日に、スウェーデン国王グスタフ・ヴァーサによってヴァンダー川の河口にヘルシンキの街が築かれた、というのがその由来。交易の拠点とすべく、ラウマ、ウルヴィラ、ポルヴォー、タンミサーリ(ラーセポリ)といった古くから栄えた街に暮らす中産階級の人たちに、王様が「引っ越しなさい」と命じた日、それがヘルシンキの誕生日ということらしい。
この日は、街中で色んなイベントが行われる。そんな風に、街をあげてヘルシンキの誕生日を祝うようになったのは1959年から。この街では、もう半世紀以上も、6月12日といえばお祭りの日なのだ。
Dinner under the Sky
数ある6月12日のイベントの中でも、近年アイコニックな存在になりつつあるのが「Dinner under the Sky」。ヘルシンキの中心部、エスプラナーディ通りでディナーを、というもの。
街の中心部に横たわるエスプラナーディ公園、その両側には、南北のエスプラナーディ通りが通っており、北側の通り沿いにはフィンランドのデザインブランドのショップやカフェなどが並んでいる。たくさんの市民や観光客が行き交う街の象徴みたいな通りだ。その、歩道ではなく車道部分を使って、路上に1000人分のテーブルが一列に並べられる。なんと壮観なこと。
2013年に始まって、今回が6回目。毎年とっても人気があり、テーブルは無料ながら、インターネット予約が始まると、あっという間に終了してしまう。今年も5月20日(日)の21時に予約開始となり、1分ちょっとで800席が予約完了。残りの200席は後日、市役所窓口で受付するのだが、こちらもあっという間に終わってしまうそうだ。
自分はというと、難解なフィンランド語のみのウェブサイトをなんとか読み解き、とにかく名前とメールアドレスを素早く打ち込むことのみに徹した結果、2テーブル(12人分)の予約に成功してしまった。なんだかフィンランド人たちにちょっと申し訳ない気分だけど。
昨年までは、6人を上限に、グループの人数を自分で申告して予約する仕組みだったが、今回からテーブル単位の予約に変わった。1テーブルは6人用だけど、詰めれば8人座れるというサイズ。そして、予約しておいて現れなかった人にはペナルティとして1テーブルあたり100ユーロが請求される、というのも今回からのルール。それだけ人気があるということだ。
とにもかくにもテーブルが予約でき、あとは、友だちに声をかけたり、何を持っていくか考えたりしながらワクワクその日を待つのである。イベントの前日に主催者から届いた連絡で、テーブル番号61番と62番が割り振られた。実際に行ってみると、ちゃんと番号の書かれた紙が置かれている。なんだか自分を待ってくれているようで嬉しい。
楽しい夏の青空ディナー
ディナーって言っても、ここは北緯60度の北欧。夏至まであと10日ほどで、昼はとっても長い。この日の日没は22:46。イベントは19:00から22:00までという設定だから、終了時もまだ日が沈んでいないことになる。だから、晴れてさえいれば、ディナーの上に広がる空は明るく青いのだ。白夜のない国から来ると不思議な感覚だけど、こちらで3回目の夏ともなるとすっかり慣れてしまった。今ではきっと、日本の夏の夜に違和感を覚えるだろう。
寒い時期が長く、冬はとってもくらいこの国では、夏はとにかく楽しまないといけない、という意識がある。街を出歩く人の数は、冬とは比べものにならないほど多い。明るいし、きれいだし、とにかくみんな自然に楽しくなる。そんな季節に開催されるこのイベント。ワイワイと多くの人が、普段はクルマのための空間を、この時だけはロングテーブルのための空間に衣替えして、1000人で特別な体験を共有する。公共空間の特別仕様、ホントに素晴らしい。
全てのテーブルには、白いテーブルクロスが掛けられて、単なる屋外テーブルよりも少し品のあるたたずまい。でも、ものすごく高級感があるわけではなく、市民が誰でも気軽に参加できるくらいのちょうど良さ。座席も全てベンチなので、ちょっと詰めたりするやりとりがあったり、一緒に座っている一体感が感じられたりして、これもイイ感じだ。
僕らのテーブル
自分のテーブルはというと、みんなで手分けをして、作って持ち寄って、ちょっと買ったものも足して、色とりどりの料理が揃った。みんなでシェアできる楽しいパーティメニュー。
ちゃんと和風のものも用意して、日本のアイデンティティもちょっぴり主張。近くを通って覗き込む人の目には、ちょっと気になるようだ。
異国の生活で、この準備はそれなりに大変なのだが、でも、そのくらい頑張った方がちゃんと参加している感じを味わえて楽しい。他のテーブルもそうだけど、雑な準備ではなく、やっぱりそれなりのディナーをみんなで楽しむところが良いのだ。
いざ、1000人ディナー
このディナーイベント、開始は19:00、終了は22:00と一応決まってはいるものの、なんとなく始まって、満足したら帰るという感じ。なので、19:00になったら一斉にスタートするでもなく、準備ができたグループから徐々に始まる。その緩さがフィンランドらしくて良い。
そして、このイベントのことを知らない観光客などは、興味津々に眺めている。普通の市民も楽しそうに眺めている。そんな中でのディナー、この特別感といったら半端ない。
この雰囲気は、たぶん文字では伝わらないと思うので、写真を眺めてもらいたい。
真後ろから見るとこんな感じ。
隣の人との距離感がいい感じ。
やっぱりベンチって楽しい。
普段はクルマの通り道
石畳がヨーロッパの都市の中心部らしい
ずらっと並んだ様子も壮観
ケーキを作るお兄さん
どこまでも続くロングテーブル
21時でもこんな空の下
素晴らしい開放感
21:00を過ぎたあたりから、少しずつテーブルが空き始めて、でも予定の22:00を回ってもまだまだ楽しむ人たちもいて、あとはみんなが満足したらなんとなく帰って行く。家に着いた時の、「あぁ、楽しかった」の感覚が最高だ。満足したけど、もう一度やりたい、そんな腹八分目感覚が、次に繋がる。うまくできている。
次の朝にはすっかり元どおりで、クルマも普通に走っている。その様子に、改めて一夜限りの特別感が蘇る。
Dinner under the Skyの作り方
このイベント、主催しているのはYhteismaa(ユフテイスマー)という名の団体。Yhteismaaは、ソーシャルメディアの力を借りながら、市民がそれぞれの方法で、積極的に、公共的なものに関わっていけるようにしよう、ということを掲げて活動している。
この団体が作ったイベントで有名なのは、Cleaning Day。街中をフリーマーケットにしてしまうもので、自分のお店を出す人が地図上に登録し、その情報をウェブ上で市民とシェア。セカンドハンドを有効活用するだけでなく、このイベント自体が、同じ街に住む隣人たちと価値観を共有し、自ら積極的に参画する機会をもたらすもの。
Dinner under the Skyも同じ。Yhteismaaは、路上の空間を確保し、テーブルの準備までを行う。市民が参加するのは自分の意思。そこに誰と来るのか、何を持ってくるのかは、参加者それぞれが決めること。ただ、同じ街の隣人たちと、同じ空間で、同じ感覚を味わう場が提供される。あとは市民の積極性の問題。だから、最低限のエチケットは示されているものの、基本的にスタイルは自由。そこが、参加者それぞれがなんとなくリラックスして、このイベントの中にいること自体を楽しんでいるという、なんともヘルシンキらしい様子に繋がっている。
こうした、市民の側からの、草の根的なイベントの広がりは、都市文化を豊かで多様にするからヘルシンキ市も歓迎するもの。市民に対して、可能な限り最高のアーバンライフの条件を揃えるというのがヘルシンキ市の方針。このイベントは、オープンでユニークな都市カルチャー、コミュニティの裁量、市民同士の信頼感といった、市民の生活の質を高める要素をたくさん伴っている。もちろん、街のブランディングにもなる。公共空間の一時使用を許可する立場でもあるヘルシンキ市は、その担当であるPublic Works Departmentもちゃんと協力。市にとっても大切なイベントは、縦割りではなく市としてきちんと見ているはずだ。
そして、飲料メーカーHartwallがスポンサーになり、炭酸水ブランドのNovelleのロゴがウェブサイトなどに載っている。イベント当日には、Novelleのボトルが各テーブルに1本ずつ置かれた。
こうして、うまく作り上げられて、とってもヘルシンキに相応しい感じのイベントになっているのがDinner under the Sky。すごい人気なのも納得できる。
次は、Finnish Your Dinner
この次に企画されているのは、世界各地で同じように、公共空間などでのディナーを楽しんでみようというもの。Finnish your Dinnerと名付けられたこのイベントは、昨年のフィンランド独立100周年を契機に立ち上がったもの。今年は8月9日に開催される。
ヘルシンキに限らず、誰でもどこでも企画して、名乗りを挙げて、ウェブサイトで地図に登録して、その楽しみを世界とシェアできるというもの。もちろん、日本でやってみるのも歓迎されるはず。この楽しさが気になる人、ちょっと考えてみては?
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