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遠山孝之写真集『褪せた地図』に寄せて② 中沢新一

 出来上がってきた遠山さんの撮影した丸石神の写真を見て、私には気がついたことがあった。写真は一見すると、現在の時間を生きている光景を写し出しているように見える。その点ではいまあるほとんどすべての写真と変わりがない。しかしよく目を凝らして見ると、そこにはいくつもの異なる時間の流れが「入れ子状態」になっているのがわかる。そして遠山さんという写真家は、それらの異なる時間の流れが、現在という時間のうちに統合され均質化されてしまうのを避けて、異なる時間の流れが独自性を保ったまま、一枚の写真の表面を同時に流れているように写し取る。しかも時間性の異なる流れが混在することによって見苦しい乱流をつくりだしてしまうのを巧みに避けて、ファッション写真と見紛うばかりのなめらかな表面をつくりだしているのである。
 たとえば丸石神は数千年前の時間の流れに属している。その頃甲州のこのあたりは縄文文化が花盛りで、丸石神は神聖な意味をもつ象徴物だった。この丸い石は父をあらわす石棒と母をあらわす石皿と三点セットになって、生命の出現の神秘をしめしていた。丸石は生まれたばかりの子供をあらわしていたのである。縄文人が数をすっかり減らしてしまうと、石棒信仰は廃れてしまったが、なぜかこの三点セットは新しい時代にも大切にされた。こんどは道祖神祭の信仰が始まり、丸石神はその信仰の中心的存在となり、その祭はいまもこのあたりで盛んに続けられている。
 その丸石神のまわりには別の時間が流れている。かつての生命力を失ってしまったとはいえ、その頃はまだ生き生きとしていた村の暮らしを流れる時間である。この時間の流れもじつをいうといくつもの異なる流れの束としてできている。笛吹川の上流の村では、農家の家のつくりはまだ昔とあまり変化していない。わら屋根がトタン葺きにかわったぐらいで、家の構造はそのままである。しかし一歩家の内部に足を踏み入れると、そこには「現代」という時間の流れがあった。土間に据えてあったカマドはなくなり、石油やプロパンガスによる新しい調理場がつくられ、電化製品の数々もそこでの暮らしを変えていた。
 世代ごとの心を流れている時間の流れも多様である。老人たちの心を流れる時間、働き盛りの大人たちの心を占めて流れる慌ただしさを含んだ流れ。山村はすでに「褪せ」はじめていたとはいえ、生きている人間たちの心が活動し続けていることによって、まだたしかな生命の営みを続けていた。
 遠山さんの写真は、それらのまるで異質な時間の流れでできた束を、一瞬のうちに写し取られた一枚の平面の上に、たがいに混在させることもせず、現在という時間の流れのうちに溶解し均質化してしまうこともせず、異質な流れを異質なまま共存させるのである。一枚の平面上に、ゆったりとしか変わらない自然の時間、古代人の循環的な時間意識、いまある村ができてからいままで持続している時間の流れ、そこへ侵入してくる現代のあわただしい時間。それらの異なる時間の流れを、遠山さんの写真は異なる流れのままに、美しい束にしてまとめ置いている。
 その結果、生命の根から切り離されてしまった時間の流れや、滅び去ろうとしているものたちの属している時間の流れが、地球生命体(ガイア)につながっているために永遠に蘇りを繰り返している自然のものである時間の流れと、同じ平面上で並置されることになる。写真は「いま」を写し取る技術だ。だが遠山さんの写真ではその「いま」のなかに、遅速度で変化していくいくつもの別の異質な時間の流れが入り込んでいる。「多時間写真」とでも呼ぼうか。そこにあふれる不思議な静謐、死のやさしさ。私はそういう「思想」を、『丸石神』という本に収められた遠山さんの写真に感じてきた。
(写真出典:『褪せた地図 FADED MAP America on the back roads』)

「丸石神」書影

丸石神 ── 庶民のなかに生きる神のかたち (1980年) 
丸石神調査グループ 編
1980年6月1日刊行

中沢新一
1950年山梨県生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程満期退学。現在、明治大学研究・知財戦略機構特任教授、野生の科学研究所所長。思想家・人類学者。


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