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【アンチ異世界ファンタジー】ペンは魔法剣よりも強し#5第1話「サーガとクリシュナ」④


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――それでは、あなたが遭った『事故』について、お手数ですがもう一度お聞かせ下さい。

「もう一度話さなきゃいけないっていうんですか!? それにあれは『事故』じゃあない。れっきとした『怪奇現象』だったんです!」

――落ち着いて下さい。確かに、貴方はこの事についてもう何度も話していて、うんざりだとは思います。ただ、実際問題二人の男子生徒が現在も行方不明となっているんです。――人間が神隠しに遭ったなんて普通はあり得ない。
だから唯一の目撃者だった貴方達に、何度も証言をいただくんです。依然、貴方はまだ『容疑者』の域にあるままですから。

「分かった、分かりましたよ! 私達が傷害だとか、拉致だとか、そんな事してるわけないじゃあないですか! それを証明しなきゃ、私達が罪に問われるんでしょう?」

――では、最初からおねがいします。

「……我々、青葉、飯島、そして私大木は、ある中高一貫校の暴行事件の通報を受けて生徒保護のために、車を走らせたんです。
通報をしたのはその学校の女性教師でした。曰く、男子生徒二人がある男性教師に、一方的な暴力を行い、重傷を追わせたのだと。通報をした中年女性はひどく慌てた様子で、血だらけ、もしかしたら死んでしまうかもしれない、と言っていました。だから我々も最初は顔を青くして向かったものですが、行ってみれば何でもない、ケンカを起こしたくらいのものでした」

――例の、暴行を受けたという男性教師は?

「彼は応急処置として学校の保健室に寝かせられていました。話を聞けば凶器――野球のバットで一方的に殴られたそうです。加害者のうちの一人、暴行を行った生徒……『佐原』は、以前にも路上でケンカをして補導されていたとの事でした。もう一人の、『栗山』という生徒は、大人しめの子供で佐原くんと一緒に行動する事が多かったといいます。……ただバットで殴られたなどの凶器を使った件については、懐疑的なところがありました。男性教師はそこまで怪我をしているわけではなく、現場には血の跡もそこまでなかったですから」

――男性教師は運ばれ、軽症で即日退院との事でした。確かに話の食い違いはありそうです。

「……ともかく、その女性教師は佐原くんの父親にも電話をしたと仰っていて、『じゃあ補導という形を取るか』と話してる最中に、学校の内線に電話がかかってきたんです。電話の主は佐原くんのお父様でした。話によると佐原くんの居場所が分かったというんです」

――分かった? 何故ですか?

「ええ、それで青葉が電話を代わったんです。電話を切ったあと彼がいうには、どうにも彼は息子のケータイに何らかの機能を追加したっていうんです。ちょうど年度替わりの時期だったから、契約更新の際に、何と言うんでしょうか……」

――スマホを落とした時でも、GPSで位置が分かるような、そういうサービス。

「ええそうです。ただそれだけだと説明がつかないじゃないですか。だから内心私は疑問に思っていて……そういうのってパスワードだったり本人確認だったりが必要でしょう? 手順はよくはわかりませんけど、とにかく息子のケータイを勝手にいじったり、パスワードとかを密かに控えてるだなんて、あんまり褒められた父親じゃないでしょう」

――青葉さんが電話を切ったあとは、どうされたんですか?

「ええ。我々は佐原くんとお父様の電話番号、それから『いるかもしれないという場所の住所』を控えました。近くの神社らしきところでした。例の女性の先生や、男性教師にもお話は聞きたいところでしたが、取り敢えずは彼らの保護が優先です。そうして、我々三人はその場所に向かう事にしました」

――そうして、その神社に着いたという事ですね?

「……はい。(震えだす)。ビンゴでしたよ。それらしき男子生徒が、神社への階段に座っているのを見つけたんです。運転していた飯島はその場に残って、私と青葉が先行する事にしたんです」

――警戒されるような素振りはしましたか?

「まさかそんな! 我々警察官は職務質問なり何なりするにも、まずは必ず『下手』に出るのが肝要なんです、相手を刺激したり、怒らせたりしないように。それが権力を持つものとしての義務です」

――確か先に青葉さんが先行したとの事ですが。

「はい。別にどちらでも良かったんですが、とりあえず青葉は髪の長い方……栗山くん。私は佐原くんを担当するという作戦で、ゆっくりと近づいていきました。我々は――生徒の特徴は女性教師から聞いていたのですが――当初栗山くんを女子学生だと勘違いしていました。実際女子のような名前でしたから。女子学生であれば下手を打てばセクハラ問題に繋がりかねませんから、そういう意味でも我々は慎重に行動を取ろうとしていたんです」

――二人の生徒の様子はどうだったのでしょうか。

「栗山くんは僕達が来て慌てているようでした。『何でもない、誤解なんです』と焦っている様子でした。対して佐原くんは……電話をしていました」

――携帯電話……スマートフォンで、ですか?

「ええ。おそらく相手は……彼の父親だったんだと思います。多分父親に怒られてる最中だったんでしょう」

――その他に、凶器だとか、彼らについて変わった様子はありましたか?

「いいえ。少なくともバットだったり武器になるようなものは――途中で捨てたのかもしれませんが――見られませんでした。佐原くんの服にも血のようなものは見られませんでした。それよりも……」

――それよりも?

「周辺が、神社のあたり一帯が、『変な感じ』だったんです」

――どういう意味ですか?

「何と言うんでしょうか……普通じゃない、普通じゃなかったんだ。寒気もするし、まだ夕暮れだっていうのに異常に薄暗かったんです! 何か肌や胸がぞわぞわするような感じで……オレ、霊感とか一切無いんですけど、その時は『何かいる』ような感じがしたんだ!」

――落ち着いてください。

「ああ、落ち着いてますよ! 確かにあそこには何かがあったんだ! 何かを……喪失感、渇望、求めようとするこころ、そういう欲しいものが手に入らなかった時のような、そんな寂しさを想起させる何か……いや誰かがあそこには居た! そんな、ああ、思い出しただけで気分が……」

――安定剤を飲まれた方がよろしいかと。

「……ええ。……分かりました……」

(大木巡査、ロアゼパム5mg錠二錠服用)

(五分間休憩)
 
「……落ち着きました」

――話の続きを。

「それで……ああ、私は佐原くんの元に向かったんです。彼は、さっきも言った通り呆然としていて、電話越しの父親に必死に『ぼくはやっていない』と弁護していました。私は、教師側との認識の違いがある事も考慮しつつ、ゆっくりと彼に近付いて話しかけました」

――佐原くんを刺激するような行動を取った覚えは?

「まさか。何て言ったかは覚えてませんが……そのくらい常識的な態度で、私は彼に声を掛けました。電話中だけど、いいかな? と。反応が無かった。本当に呆然としているようでした。補導などで未成年者に対峙する時、こういう反応を示す子供は少なくありません。ですから私は屈んで、彼の右手を掴んだんです。佐原くんもそれに従って、立ち上がろうとしました」

――しかし実際には佐原くんは抵抗した。

「それは、電話越しの彼の父の言葉が引き金になったんだと思います。私も、近くに居ましたから電話から聞こえる彼の言葉が若干聞こえました。――あんなに育ててやったのに、というようなニュアンスの。
その瞬間、彼の目が変わったんです。全身に力が入ったのが、握っている左手首から伝わってきました。そうして、彼は反抗し、私の鳩尾を殴りました」

――そして、貴方は警官として最もやってはいけない事をしてしまった。

「それは認めます。……ただそのパンチは、普通の高校生のものではない、凶悪なものを感じたんです。はっきり言って私は、命の危険を感じました。反射的に――そう無意識的に、私は左手で彼の顔を殴りました。凶器を持っている可能性もあった。私は怖かった、それだけなんです」

――そのあとは?

「佐原くんは後ろへ仰け反り、私もまた『やってしまった』と思って思わず彼の手首を離してしまいました。彼は数歩後退した後、地面に倒れ込みました。それから一メートル弱転がって、止まった。ちょうど神社の影に彼がすっぽり入りこんでいたのを覚えてます。そして、ああ……それから、それから不思議な事が起きたんです」

――不思議な事?

「『泥』が、『影』からぼこぼこと湧き出したんです。暗い紫色のそれが、地面から佐原くんの周りに急に湧き出した。それと同時に、佐原くんの身体もまた地面に沈み込むように、下へと降りて行った」

――それは、事実なんですか? 信じられない。それでは……それではまるでファンタジーだ。

「ふざけてなんかいません! 私は見たんだ! そう……はは……ドラえもんの道具に潜地艦ってあったでしょ? まるで潜水艦みたいに地面に沈下して、友達の様子をこっそり覗き込んだりっていう……はは、ファンタジーじゃあないか。人が地面……いや、『影』に飲み込まれたなんて」

――それはどれほどの時間がかかった現象だったんですか?

「知りません。私はショックで頭が回らなかった。大体それは飯島からも聞いたんじゃないんですか? 約五秒程度。そうして泥が湧き出し、佐原くんの身体を影へと持って行った。まるで大蛇が鼠を飲み込むように」

――にわかには信じがたい。

「ふふ……信じたくなるようになりますよ。栗山が叫んで、青葉の手から離れて影の元へと走っていった。『失われてしまった』と彼女……いや彼は叫んでいた。泣いていたんです。『未来が失われた。だから彼は向こう側へ行ったんだ』『そしてぼくも失った。大切な友人を』」

――記憶が混雑していませんか? 

「いいえ、はっきりと聞いた! それで彼女は、青葉の静止を振り切り、その影の元へと、今さっき佐原が飲み込まれた泥の元へと言った。私は叫びました。『危ない!』。紫色の泥はまだ残っていた。何がなんだか分からないけれど、その『泥』に私はいやな予感を覚えた」

――大木さん。また安定剤を……

「神社は――あの木立が、ざわざわと蠢いていたのを覚えてる。辺りが暗くなり、夕立から藍色の夜へと変わる瞬間――黄昏の終わりだった。栗山さんは、泥の元へと歩み寄ると膝をつき、土に手を付いたんです。その瞬間でした――手が『ずいッ』と飲み込まれた。まるでそこが泥沼だったみたいに」

――……?

「栗山さんはあっという間に沈み、腕が肩のあたりまで沈下していた。ちょうどプールに手から潜水するような態勢に似ていた。私は走り出した。彼女もまた飲まれると思って、身体が先に動き出していた。
彼女の頭が潜り込み、その次に上半身が影へ落ちて行った。紫色の泥が蟲の大群みたいに蠢いて、彼女の影への潜水を助けていた。既に脚だけが影から出ていた状態の時に、私はようやく彼女の足首をつかみ取った。引き上げられる、そう思った」

――大木さん……そんな、貴方の話はあり得ない。

「とても強い力だった。それは本当に強い力で栗山さんを引きずり込む。オレは脚を踏ん張りましたが、大の大人一人でさえ、彼女を救う事は出来なかった。彼女は遂に足首まで沈み、オレは地を這うような形で、右手首で彼女の足首を、しかし離さなかった。そして……ああ、ああ!」

――大木さん。落ち着いて。

「オレは彼女を救えなかった。栗山さんはついに影に全身沈み込んだ。でもオレは諦めずに、彼女の足首を離さなくて。オレの右手だけが影に侵入していた! 冷たかった……冷たくて、そして鳥肌が立つんだ、何か悍ましい何かが右手に感じた……その瞬間だった! 

オレの右手の感覚が、ふと糸を切るようにぴたりと、無くなったんです」

――……あり得ない。

「あり得ない? ……ふふ、ははは、ははははは! これを見ても、そう言えますか?」

(大木氏は右腕の袖をまくり、机の上に自身の右腕を叩き付けるように置いた)

(あるべきはずの『右手』は無く、手首から先はすぱりと切ったように歪んだ皮膚の断面だけがあった)

「あの『影』は、あの『泥』は、向こう側へと持っていった!二人の少年と、それからオレの右手を!」

(以下、後略)


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