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映画「日日是好日」に顕微鏡像が映るまで

はじめに
 2020年9月21日にテレビ東京で大森立嗣監督の映画「日日是好日」が地上波で初放送します。樹木希林さんの遺作となったことでも話題になった本作品、映画の中のワンシーンとして植物の「センリョウ"千両”」の顕微鏡映像を撮影・提供しました。何故、お茶の話に顕微鏡像なのか?監督は時間の経過を幻想的に表現したかったそうで、鉢植えを持って来所した助監督と顕微鏡撮像にトライしました。撮影依頼から公開までの経緯を、以前FaceBookやTwitterに書き込んだ内容を元に加筆して、時系列でご紹介します。

センリョウ葉の顕微鏡動画の依頼
 2018年正月明けに、理研広報室を通して、映画製作会社より植物の「センリョウ」顕微鏡映像が欲しいとの依頼がありました。オオカナダモの動画リンクとともに、「顕微鏡で見たくらいの細胞が、モゾモゾと動いているのが希望です。これらの映像を10秒前後使用したいと考えております。」とのことですが、このような映像はありますでしょうか?とメールが来ました。これまた変な依頼が来たと思いながら、「センリョウの細胞の動画はありません。おそらくどこの研究室に問い合わせても無いと思います。ただ、鉢植えしたセンリョウをお持ち頂ければ、そのような動画を当研究室の顕微鏡で撮影できるかもしれません。」と回答しました。

 ちなみに、理科実験で原形質流動や葉緑体運動の観察によく使われる水草のオオカナダモは、細胞層が薄く、光を透過するので光学顕微鏡で簡単に細胞内の動きを観察することができます。陸上植物の葉の葉緑体は、表皮細胞に挟まれた何層も重なった葉肉細胞に存在し、光学顕微鏡で観るには切断して観察する必要があります。

撮影1回目
 1月下旬の大雪の日に、花屋さんで買ったセンリョウの小さな鉢植えを持って助監督がお出でになりました。赤い実をつけるセンリョウの葉は、厚みがあり、そのまま顕微鏡で見ても表皮細胞は見えても葉緑体がある葉肉細胞群を見ることができません。そこで、カミソリで切って観察をしたり、死んでしまうけど凍らせてクライオスタットで切って切片を見たり、撮影方法を検討しました。その日は何枚かの顕微鏡写真と動画を撮影して、再検討してから再撮影することにしました。

センリョウ

撮影に使ったセンリョウの鉢植え

撮影2回目
 2月初旬に、助監督と共に2回目の撮影。今回は、台本、原作本を読み込み、監督のイメージ教えてもらい、再チャレンジしました。いろいろ予備実験した結果、カミソリで斜めに葉を薄く切り、スライドガラス とカバーガラスで挟んで水を満たし、作動距離が長い対物レンズを搭載するオリンパスの金属顕微鏡BX53MデジタルカメラDP27cellSensで動画撮影することにしました。出来る限り高解像度ということで、2448 x 1920 でTIFFフォーマット、撮影間隔は0.85秒でタイムラプス撮影を行いました。表皮細胞のすぐ下の葉肉細胞で原形質流動が動いてそうなところを探して、手当たり次第タイムラプス撮影し、良さそうであれば高倍率の対物レンズに切り替えて撮影という作業を繰り返しました。ちなみに、撮影した写真容量は全部でおよそ100GBに達しました。その結果、低倍率から高倍率像へ切り替えながら、葉肉組織に散在する細胞の中にある葉緑体のダイナミックな動きを、14分間のタイムラプス像として捉えることができました。あとは、監督に見せてイメージと違ったらCGを加えるなりして、なんとかしてくださいということで撮影を終えました。
 3月にチェック用として映画のシーンと組み合わせた顕微鏡動画が送られてきましたが、CGを加えることなく、色補正だけしてそのまま時間を縮めて、音楽と共に再生することになると教えて頂きました。

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葉の撮影に使った光学顕微鏡

初号試写
 2018年4月下旬、五反田にあるイマジカ東京映像センターで、初号試写に招かれ観に行きました。監督や出演者、スポンサーの方々など制作に携わった方々と映画を見るなんて、完全に場違い感があり、待合室や試写会上にいるだけでドキドキでした。上映が始まり、原作を読んだときもウルっときましたが、案の定、泣けました。自分が撮った映像が出てきたときには、センリョウの葉の細胞内の葉緑体が、大きなスクリーンの中で音楽と共に生き生きと踊っていました。映画に自分が撮影した動画が、そして、エンドロールにも名前が出るなんて夢にも思いませんでした。上映後、大森監督ともお話し&握手して頂き、「奇跡的に撮れた映像だそうで」と労っていただきました。樹木希林さんや鶴見辰吾さん、原作者の森下典子さんも間近で拝め、大満足でした。
 その数ヶ月後、YouTubeに短い映画予告がアップされ、TwitterやFB、TV CMなどで公開日までに徐々に展開されていく様子も楽しめました。

映画館での鑑賞
 銀座で本日公開の映画「日日是好日」を初日舞台挨拶付きで娘と鑑賞してきました。初号試写の時は場違い感と、どのように映像が流れるか緊張して見てましたが、今回はリラックスして見れました。樹木希林さんがこの世を去った事もあり、初号試写の時より感動しました。この映画は樹木希林さんの代表的な良き遺作になったとしみじみ思いました。上映後、大森監督と原作者の森下さん、初号試写の時には会えなかった黒木華さんのお話も間近で聞けて、良い思い出になりました。最後、集合写真を撮るときに娘が大きく手を振ったら、司会の方に「小学生も見に来てるのね」と言われ、目立ってしまいました。ちなみに初日舞台挨拶付き映画鑑賞は初めてでしたが、出演者や監督の思いが聞けていいですね。
 その約1年後、DVDが販売され、国際線でVOD、Amazonなどでストリーミング放映が始まり、ついには地上波放送と展開されていく様子は、関わってみて初めて感じる喜びでした。

最後に
 この仕事が飛び込んで来たときは、正直、センリョウの分厚い葉で葉緑体が動いている映像を撮るのは厳しいと思っていましたが、やれば撮れるものだなと。映画の中で、”世の中には「すぐわかるもの」と「すぐわからないもの」の2種類がある。”というセリフが出てきます。主人公は「お茶」でしたが、私は「顕微鏡」を使った仕事に長年関わってきました。確かに始めた頃には見えなかった構造が見えるようになりましたし、見えないものを顕微鏡でどのように捉えるかという知性を積んできました。今回、数ある顕微鏡の中から金属顕微鏡を選択し、撮影条件を選び、顕微鏡覗きながら、「このあたりなら良い像が撮れるんじゃないか?」と感じる"感"は、知性から来たものかと思います。オオカナダモの原形質流動のように世の中に出回っている生物の顕微鏡写真や映像は、綺麗に撮れた代表的な構造の一例であって、氷山の一角です。まだまだ捉えていない未知な構造や動体、現象が多々あります。これらを撮れるよう精進していきたいと思います。

 なんでお茶の映画に植物の葉の顕微鏡像が使われたのか?助監督曰く、大森監督はズームインがお好きらしく、過去の作品を観れば共通するところがあるようです。顕微鏡像は映画の中で、十数年経ったシーンに切り替わる場面で使われるのですが、時間の経過を幻想的に表すことができたのではないでしょうか。植物研究者から、葉緑体運動が出てきたときはびっくりしたと感想を頂きましたが、植物細胞の知識がない方が、このシーンを観るとどう感じるんでしょうか。ご感想を頂ければ幸いです。

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