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視線 in リストラーズ

書いていいものか随分まよったが、表情に注目しがちな筆者にとって、回避したままでは不完全燃焼な気がしていた。
 
今回は(も?)、例によって妄想パラレルワールドに存在するリストラーズとしてお読みいただければと思う。

 
あの世界的な騒ぎから5年目を迎える。
マスク、マスクと騒がれて、皆が口元を隠す世界に突入してしまった。
日本ではいまだキッチリと覆って仕事に向かうかたもお見掛けするが、海外では早くからマスクをさせるなと反対運動が起こっていた。
 
それは、おおまかに言って海外と日本では感情表現のポイントとして、顔のどのパーツを手がかりに相手を見ているのかの違いが大きかったという説もひとつある。
 
顔文字を思い出してみてほしい。
欧米などでよく使われている顔文字は、クチの形に特徴がある。

大口をまん丸に開けていたり、「へ」の字になっていたり、半月になっていたり、その他「×」の形や、「p」を利用して舌を出す表現もある。
しかし、なぜか目の表情には大きな工夫が少なく、筆者だけかもしれないが日本人には意味が通じにくいように思う。
 
一方、日本は多彩。
特に目の表情が豊かに工夫が凝らされて、筆者自身が日本人であるせいも
あるのだが直感的に理解できる。
もともと発祥がどこかまでは調べなかったが「emoji」「kaomoji」が英語圏で単語のひとつとして使われているようなので、案外 日本発祥なのかもしれない。
 
つまり、海外では「クチ」を中心に相手の表情を読み取る文化があるのだろう。そこにマスクなどが登場しようものなら、コミュニケーションの大きな障害となって反発も起こりやすかったのではないか。
 
日本人は、
古から「目」を中心に言外にある相手の思いを読み取ってきた。
「目はクチほどにものを言う」「本心は目に出る」「目ヂカラ」という言葉もあるように、静かに視線だけで空気を読み 相手の真意を汲み取ろうとする。

たとえマスクで「クチ」が覆われていても、仕事にも生活にも買い物にも
大きな支障を感じなかったがゆえ、反対運動も起こりにくかったのではないだろうか。

 
ここまで長々と前置きもどきを書いてきたのは、もちろん妄想パラレルワールドのメンバーの目について考えてみたかったから。

 
たとえば、「目ヂカラ」ナンバーワンと言えば、澤田さん。
大きく開かれた目は、動画でも写真でも印象的だ。なんの衒いもなく、
まっすぐ相手の心に飛びこんでくるようで、好奇心の強さと情熱の深さを
あらわしている。
熱心さは 普段の仕事はもちろん、動画編集にも思いきりチカラ込めてくださっている・・・と二つ名の役割を信じた上で書いておく。
どんなことでもこなしてしまう器用さは、お、これ面白そう!という 何でもとにかく試してみよう やってみよう精神の結果ではないだろうか。

 
大西さんの目も違う意味で印象に残る。
ふだんベース担当という立ち位置で、一見 無表情に近く見えるのだが、
リードを取られた時や練習シーン、お茶目が全開の時の彼の表情にグラリと持っていかれてしまうファンも多いはず。
ギャップ萌えに近いのかもしれない。
いつでもどこでも、面白いこと 楽しいことを周りに提供しようというサービス精神にあふれた人柄が見えるようだ。

 
草野代表の目は、不思議にシャイな印象を残す。
歌の技量と守備範囲は群を抜いていることに異論はないと思うが、ツッコミのような適格な効果音?や、あのギターソロをテレもなく完璧にやりこなすワザありのかた。見ていると余裕綽綽な様子だが、意外にも繊細でこまかいところにまで気が付くかたではないか。

ご自身があれほど歌えるかたであるゆえに、目立ち過ぎず、溶け込むことを心がけていらっしゃるように思う。ごく若い頃のどこかの時点で 自分が
敢えてうしろに回ることによって、グループ全体を引き立てることを身に
つけられた・・・のかもしれないと想像している。

 
加藤さんの目には、別の印象がある。
ご自身の魅力を完全にコントロールできるのは、自己信頼のあらわれ。
発売されているCDに採用された 昭和84年撮影の写真を見ると弱冠26歳とは思えないほど写真の撮られ方を心得ていらっしゃる。
他人からの見え方がこの年齢で既に分かっていた人なのだと思う。

現に2枚目(昭和92年)のCD撮影の写真を今、キッチリ使っていらっしゃる。最初からそのつもりで撮影に臨まれたのかもしれない。
あまあまのお声と貴公子ぶりの奥に、戦略家の切れるオトコを見てしまう
のは筆者だけではないはず。
 
 
次は、上村さん。ギャップ萌えが甚だしいかた。
ボイパ職人として、わき目も振らずに工夫と練習を積み重ね、音の研究に
余念がない、一直線ぶりが見える目。
どこがそう見えるかというと大きさがあるのに、こちらには飛び込んでは
来ない内向きさ加減。

澤田さんと同じく情熱の思いが強いのだと感じるが、それが外でなくボイパ研究に向かっているのではないだろうか。
目ではないが、頬に浮かぶエクボはきっとピカイチに少年度が高い ピュアなかたなのだろうと思っている。(←しつこいようですが、筆者は今 パラレルワールドにいます)

 
最後に、最推しの野村さん。
筆者がいちばん分かりたいのに、分からせては下さらないミステリアスな目。
顔じゃない本じゃないに上がっていたアップになった画像でも、視線をそらせて読み取らせない角度で撮られている。変幻自在に人格を変える技力を
駆使なさるので、いつも目くらましに合っているようだ。

歌っている最中は憑依中で掴ませず、練習やオフっぽいときでも撮影係に
まわられることが多い。ご自分が画角に入っていてもシャッターを押す係を兼任。そのせいもあって素の表情が読みにくいかたなのだと思う。
なんとなくの印象から優しいのかなと思えば、案外 厳しくご自身を律する
姿勢が垣間見えるが、このミステリアスな演出も戦略のひとつなのかと疑いたくなっている。

・・・・・・・・・・・・・。

 
と ここまで書いて、異次元だ パラレルワールドだ とは言い訳できない気がしてきた。
いい加減にせーよと どこかからお叱りが飛んできたら すぐ対処する所存です。

でもね。
いろんな角度から見たい自称「おとめゴコロ」に免じて、一晩だけでも載せることをお許しください<(_ _)>
もしも残っていて読んでしまったかたは、ただの世迷言だと思ってサッサと記憶の彼方に飛ばしておいてくださいませ。
 
 
 
< 追いかけたい でも 追いかけすぎちゃいけない  
         そのスキマにいるのもファンかな ←  字 余りすぎ!  >


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