アンチイズムが勿体無い

ネットに見られるアンチイズムが「惜しい」と思っていて、そんな指摘ができるようならもうちょっといいこと言えるやろと思っている。

ネットに接する人間は3パターンに分類できる。

パターン1 ポジティブ層

ネット上で有益な情報を積極的の発信するユーザをパターン1とする。ブロガーの皆さんやインスタ、Twitterをうまく利用して発信されてフォロワーを獲得されている方々だ。

なかなか発信を継続することが難しいそうで、ブログで稼ぎたいと口で言っても、継続できる人はほんの一握りなのだとか。

パターン2 ROM層

人は多くの場合にネットで発信することすら億劫で、自分の意見を言わない。このユーザをパターン2とする。インターネットが世界中とつながっていることは分かっていても、どうせ自分が何か言っても影響することはないし、社会が変わることはないと言うドライな考えがほとんどではないだろうか。

こう言ったいわゆるROM専相当数いて、ほぼほぼ発信する事がないのがネット人口の大半を占める。以下は消費者庁のデータだが、SNSを利用する理由のほとんどが友人とのコミュニケーションと情報収集だ。

自身の体験をSNS上で発信する割合は20%に満たない。

画像1

https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_policy/caution/internet/pdf/adjustments_index_1_170111_0002.pdf

パターン3 ネガティブ層

ネットの匿名性は、言わずもがな個人の特定をほぼ不可能とするため、あやかって発信することがあるだろう。

アンチイズムによるネガティヴツイートやコメントなど、いわゆるアンチがこのパターン3で、誹謗中傷が秘匿性によって正当化されていると勘違いしたケースだ。

ネガティヴツイートの理由はストレス発散か、自己優位性を得る為に他人を落としたいと言う欲求がほとんどでは無いだろうか。

芸能界などメディアへの露出の多い人物、インフルエンサーなどの共感者が多く見える人物は格好のターゲットで、自身には無い才能や努力をやっかみ、嫉妬と言う都合の良い負の感情を契機に否定的なコメントを発信することが多いように見受けられる。

惜しいアンチイズムのみなさん

アンチの皆さんに対してどうしても「惜しい」と思ってしまうのが、「折角発信する気になったのに、それかよ」といったところである。ほとんどの場合において発信することすらしないネット利用者の中で、マイナスの情報を流してしまっている。

こちらは社会や世界を変えようと思って働いているビジネスマンであるから、普段からプラスになるよう人や事象に働きかけている。芸能界の人々やインフルエンサーの方々もまさか世界を滅ぼそうと思って働いているわけではあるまい。

人の気分を害する発信によって得られるものは、テレビのコメンテーターのギャラはさておき、否定的なコメントの対象となったその人の認知度の上昇だ。いわゆる炎上商法だが、それは発信者の戦略ではないだろから、結果論と位置付けたい。

失うものと言えばブランドイメージであったりするのだが、質の高いものはネットの誹謗中傷など影響なく生き残るはずで、個人へ攻撃することによるストレスを与えるという行為による精神的健康が最たるものではなかろうか。

出る杭を打ったつもりかもしれないが、その非生産的な行為をどう考えるかを一度振り返ってみてはどうか。

例えば、今日の帰り道に何らかの事故で死んでしまうとして、最後にネットに書き込んだ情報が、芸能人宛の否定的な誹謗中傷だったとしよう。世界に残した最後の情報が、個人を傷つけるだけの一言で生涯の幕を閉じるとしたら、人生の幕としては随分チープなものにならないか。

アンチな発信に至ったその行動力は評価できるものだ。生きた証をネットに刻めとまでは言わないが、貴重な人生の一瞬を、そのチープな行いに浪費してよいのかは一度考えてほしいと常々悲しく思う。

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