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ゴリアテの首を持つダヴィデ

2019年の年末、ウィーンの美術史美術館を訪れた。ハプスブルク家の歴代皇帝のコレクションが展示された世界屈指の美術館であるが、ちょうどそのときに"Caravaggio & Bernini"の特別展が開かれており、常設の絵画に加えて、カラバッジョの絵画(さらにベリーニの彫刻も)を堪能できる幸運に恵まれた。美術史博物館にはカラヴァッジョの作品が3点常設(ロザリオの聖母、茨の冠をかぶったイエス・キリスト、ゴリアテの首を持つダヴィデ)されており、今回の特別展ではそれらを含めて10点の作品が展示されていた。

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その中で目を引いたのは、「ゴリアテの首を持つダヴィデ」。旧約聖書の一場面であり、この場面を描いた作品は多く存在する。

巨人兵士であるゴリアテが属するペリシテ軍とイスラエル軍との戦いの中で、重厚な鎧に身を包んだゴリアテに対し、軽装で武器は石と投石器しかないダヴィデが石をゴリアテの額に命中させ倒した後、ゴリアテの剣を使って、首を切り落とした場面である。

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この作品における若きダヴィデの表情をどう見るか。血気盛んな若者が戦場で大成果を挙げた場面であり、日本風にいえば勝鬨を上げるような場面であるが、荒ぶる様子はなく、静かに充実感に浸っている表情に目を引かれる。旧約聖書でダヴィデは、ゴリアテを倒したことで英雄となるものの、後に、嫉妬した主君サウル王によって命を狙われ、逃亡生活を余儀なくされた。いつの時代も才気あふれる若者に対して、脅威を抱く大人が存在する。しかし、何かを成し遂げた若者の表情には、そんな愚かな大人も黙らせる強さと恐怖が自分には感じられた。

カラヴァッジョは、「ゴリアテの首を持つダヴィデ」を複数描いている。ボルゲーゼ美術館に所蔵されている作品では、切り落とされたゴリアテの表情にカラヴァッジョ自身の自画像を描いたといわれている。カラヴァッジョは破天荒で、何度問題を起こしても問題行動をやめれない人間であった。そしていよいよ殺人を犯してしまい、ローマから逃げ出したが、なんとか殺人罪に対する恩赦を得て、ローマにもどれるよう、有力なパトロンであったシピオーネ・ボルゲーゼ枢機卿に贈るためにその作品を描いたと言われている。みじめなゴリアテの表情に自分を重ねることで同情を得たかったのだろう。結局、恩赦を得るためにその絵を携えてローマに向かう途中、熱病にかかり38歳の若さで生涯を終えた。

カラバヴァッジョの作品は、後にバロック絵画として確立する新しい美術様式に大きな影響を与えた。存命中から彼の作品は高く評価されていたものの、あまりに素行が悪く、自宅で暴れて何度も拘置所に送られる等、暮らしは順風満帆と言えるものではなかった。死後、その名声と作品はまもなく忘れられるようになったが、20世紀に入り、再評価されるようになったという。カラヴァッジョのリアリティ溢れる作品を見ていると、聖書の場面が圧倒的な臨場感で迫ってきて、自分が絵の世界に引き込まれるような感覚になる。自分の好きな画家の1人である。

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