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林業女子とか、あほみたいな言葉

先輩の車で思いっきり吐いた。
ほぼ急性アル中状態で記憶はおろか意識すらほとんどなくなっていた。


H&Mのベージュのトップスとユニクロの後ろに大きくスリットが入ったロングスカートは自分の吐瀉物まみれで、吐きながら苦しすぎて泣いた。

ワインのせいにするのは簡単だ。でも本当はワインのせいなんかじゃない。
調子乗っちゃって飲みすぎたというのは都合が良すぎる。現実はそんな甘くない。

飲みすぎたのは、私でいたくなかったからだ。
一瞬でもいいから、高山唯から出たかった。自分をやめたかった。一瞬でもいい。
だから飲んだ。
酒は私に許された麻薬だ。
酒以外で自分から脱出できる方法を、私は知らない。


日当が14,000円になった。
入社4年目の5月の出来事だ。

愛する仕事で、昇給する以上にしあわせなことなどない。

私は自分自身仕事ができるとは思わないが、自分の身体を少し乗りこなせるようにはなってきたかなとは自負している。
私は自分の身体の持ち主であるから、実感がある。
前より斜面で転ばなくなったし、どんなに足場が悪くても、足をつく角度も、場所も、力加減もなんとなく足の裏と地面でコミュニケーションを取り、思った通りに身体を使えるようになってきた。
そしたら、さらに仕事はめっちゃおもしろい。肉体労働、さいこう!

頑張った、できるようになったかなと思うのが評価してもらえるのは、恵まれた環境にいるからだ。
ありがたい。創業者と班長には頭が上がらない。

明日も現場いきたいな。一生いってもいいな。もっと自分の身体と繋がってみたいな、そしたらどんな感じなんやろう?

と、山では思えるのだ。私は。



下山すると魔法が解けたようにみるみる自信がなくなる。
山でしか生きられない自分をものすごく、不憫に思う。

あんなに愛着を感じていた身体は、こんなに整備されたはずの人間がいっぱいの平らな街では、うまく歩けない。

もし怪我して仕事続けれんくなったらどうするつもりなん? と耳鳴りがする。
アホやし、新卒山入社の私は他に何のキャリアもない。何にもできない。何にも知らない。
山ではプロやけど、街ではゴミやな、自分、と私が私に言う。
口悪すぎんかこいつ? 文字通りお山の大将やな。さいあく。

同僚に日当が上がったことを(うちの会社では全員の給料が公開されています)、「まぁ唯んとこは、班長が稼いでくれてるからな」と揶揄される。
私は「おかげさまで」とヘラヘラする。

笑っちゃう。 

ほんまに笑えたらかっこいいのに、私は悲しくて思い出しただけで泣いてしまう。

うちの班長が誰がみても仕事ができて、みんなが憧れているのは事実だ。黒字を出してくれているのは事実だ。うちのチームのメンバーが、私が、班長の仕事っぷりにあやかっているのは、事実だ。
でも、私だって頑張ってる。
客観的にみたらちがうの? なんで嫌味言われてんの? え、まじでなんで嫌味言われてんの? 私が苦労してないとでも? 男社会で現場に女一人で出勤して何の苦労もしてないようにみえんの? どこみてんの? 観察力も想像力も無いからちっぽけな私に己の存在が脅かされてるんじゃなくて?

おいおいこいつ私のことナメとるやんけ、と思い始めたが最後、あーこれは私が女だからだな、という結論に終着する。
世界一つまらない結論。
つまらないけど、残念ながらそれは間違ってない。


人は女に生まれるのではない、女になるのだという言葉がある。
例に漏れず、私も私が女性性を選ぶまで社会は私を待ってはくれなかった。


居酒屋のホールで働く18歳の私の太ももをいきなり撫でてきた下品な客。反射的にいやとか気持ち悪いとは思えず、何が起こったのかわからないままポカーンとする私。
目が合う。その目は薄汚く私を映したまま、おねえちゃんかわいいなぁと呟いた。



ーーーー何が起こったのか理解した。

あの時の、おじさんの目に映った自分の姿が忘れられない。
それは、絶望的なほどに、めちゃくちゃ、女だった。

私は今でもあの時のまま。
なんかおじさんから女の旗無理やり手渡されて、別に他の旗がほしいわけでもない、この旗がしっくりこないとかでもないから惰性で女の旗とりあえず握ったまんま。
私が旗持ってることをせっかく忘れても、社会が私に事あるごとに気付かせてくる。
私が山で肉体を愛し伸び伸び働いても、でも唯ちゃんはさぁ、女やからなぁ?!?! と山を降りたら言われる。

絶対、言われる。



ゲボまみれの私は、一時「私」から脱走できた。女である私から束の間抜け出せた。
その代償に人の車ごとゲボだらけにしたが。そのあとクリーニング代で16,500円払ったが。

帰って気絶して起きたら、助けてくれた先輩からラインがあった。

大丈夫?
玄関になんか食べれそうなもの買って置いといたから元気出たら胃になんかいれて
お大事に。


もう夏やのにカイロがあるのは、吐きながら私が寒い寒いと喚いてたかららしい。


ごめん

と思った。

吐き散らかし迷惑をかけたことへもごめんだし、人前で酒を使って自分から脱出しようとバカなことを試みたこともごめんだし、
過度に性別に執着して病んだこともごめんであった。

介抱してもらえたのは私が女だったからかどうかはもはやどうでもよかった。

私は人から助けられる肉体を持って生まれてこれたんや。獲得したんや。
大事にされてる。大事にせにゃならん。男とか女とか関係ない。たとえ人にバカにされることがあったとしても。
人にバカにされる身体であっても、精一杯人の役に立つんや。それが仕事や。それが生きるってことちゃうんかい。
普通の仕事したことないとか、スキルも能力もないとか、女押し付けられてるとか、なんか裏でいろいろいわれてるとか、苦しいこともつらいことも山ほどあるけど、そんなんみんな一緒。その悩みめっちゃふつう。山でも山の下の世界でも変わらん。

私にないのは、好きだって言ってくれる人に背を向けない覚悟。

高山唯である不都合排除したら、いいとこも全部失う。コインの裏表と一緒で、あなたのいいところ悪いところは全てセットだから。
つらいとこの数数えたってほんましゃあない。地面モジモジしてても一緒。焦点合わす場所がまず違う。

山で歩けたら街で歩けなくてもしゃあないから、まずいつも助けてくれてる方々に感謝の気持ちで恩返しできる自分であれ。ささやかでいいから。

酒脱出術は非常に良くない。非常に迷惑、シンプルに嫌われます。「なんか抱えてるんやなって察した」とか言われてます。

自分でいたくないのはわかるよ。
でも誰になったって一緒だよ。みんなどっかではずれ引いてて、それを受け入れたり、受け入れられないタイミングがあったりしながら生きてんだよ。

山があってよかったやん。日本なんか国土の三分のニは森林なわけやで? あんたのフィールドのほうが世のオフィスワーカーたちよりもはるかに、ずっと多いわけよ。
やったやん。居場所だらけ、おめでとうおめでとう。


ゲボまみれの服を重曹水に浸しながら、必死で自分を励ます。どっかの誰かがいってそうな言葉と、適当に思いついた言葉を混ぜて言い聞かす。こんな知恵を尽くして、励ましてんのにいまいち腑におちんくてまたなんか泣けてくる。


こんなに仕事、好きなんやから嫌いにならんようにがんばれ。
こんなに好きになれたんやから、誰かにはきっと届く、この文章が。それまでがんばれ。

お気に入りの洋服たちは、お気に入りの柔軟剤の匂いにちゃんともどった。

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