見出し画像

インド初のクィア映画「Badnam Basti」とその再発見について

 映画史研究者の友人に教えてもらったのですが、インド初のクィア映画といわれている「Badnam Basti」(1971)が以下のページで期間限定で無料公開されています(5月10日まで)。字幕がフィルム焼付で多少見づらいですが音声と画像のクオリティは良好です。私はこれを聞いてとてもびっくりしました。なぜならこれは「もう観ることのできない失われた映画」のはずだったからです。

https://vimeo.com/414622998

画像1

 「Badnam Basti」はヒンディー語作家カムレシュワールの同名小説を原作としており、1956年にヒンディー語の権威ある文学雑誌「ハンス」に掲載されました。バスの運転手サルナム・シンと掃除夫として雇った少年シヴラジの絆を描いたもので、彼らの同性愛的関係が直接的ではないものの暗示されて描写されます。実話に基づくストーリーであり、撮影も原作どおりインド北部のウッタル・プラデーシュ州マインプリで行われました。

 監督のプレム・カプーアにとって「Badnam Basti」は初作品でした。インドの伝統的彫刻について博士号を取得し、映画監督になる前はヒンディー語の週刊誌「ダルミューグ」の編集者として働いていました。音楽は著名なフルート奏者であるVijay Raghav Raoが担当しています。

 1971年に公開された当時の資料には「社会の周縁部に生きる2人の男性と1人の女性の間の三角関係に焦点をあてたドラマ」とあり、同性愛というテーマについては大きくは触れていません。しかし研究者の間ではこの作品がインド映画史上初めてLGBTQのテーマを扱ったものと認識されています。これに続くクィア映画は1996年の「Daayraa」まで待たなければなりません(この映画も海外映画祭で絶賛されたもののインドでは劇場公開されませんでした)。

 「Badnam Basti」は一部の劇場で公開されたあと残念なことにすぐに忘却の彼方へと消えていくことになります。インド映画百科事典に掲載されておらずインド国立フィルム・アーカイブにもプリントは残っていません。プレム・カプーアは2011年に83歳で亡くなるまで二度と見返すことはできず、息子のハリ・オム・カプーアもプリントが現存しているかどうか分かりませんでした。研究者にとっても「失われた映画」としてタイトルだけが知られている状態でした。

 ところが最近になってベルリンのアーセナル研究所のコレクションの中から35mmプリントが発見されました。この現存する唯一のフィルムは映写可能な状態ではなかったものの、幸いなことにSDデジタルリマスターに成功し鑑賞できるようになりました。そのデジタル版がノースウェスタン大学ブロック・ミュージアムの主催によりこうしてオンライン公開されるに至ったわけです。

 5月7日にはノースウェスタン大学で映画史のPh.Dを取得したSimran Bhalla氏とワシントン大学のSudhir Mahadevan准教授によるオンラインディスカッションが開催されました。ディスカッションではポスト植民地時代のインドにおけるセクシャリティやインドのLGBTQの歴史においてこの映画が果たす役割などについて触れられました。

 Bhalla氏は「Badnam Basti」はインドにおける「パラレルシネマ」のムーブメントを端的に示すユニークな作品だと述べています。「パラレルシネマ」とはインド映画史の用語で、イタリアのネオレアリズモの影響を受けて1960年代頃盛んになった社会の諸問題に目を向けた新しい映画の潮流のことです。たまたま今年サタジット・レイの未公開映画を3本観たのでちょうど関心が出てきたところでした。

 Bhalla氏はまたこうも述べています。「インドのLGBTQ運動はここ最近急速に勢いを増してきており、今まで関心を持っていなかった人にも認知され始め、この映画の発見でさらに関心を持つ人が増えると思います。インド人がセクシャリティについてどう考えていたのかを理解するのは私たちの過去を振り返るためにとても重要なことであり、この映画が持つ意義は大きいのです」と。

※以下の記事を参照しました。

追記

 プレム・カプーア監督の息子さんがツイートしていました。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?