危機管理のパラドックスと評価のジレンマ
危機管理のパラドックスとは
危機管理は、災害対策、情報セキュリティ、企業のリスクマネジメントなど、さまざまな分野で重要な役割を果たします。その主な目的は、危機を未然に防ぎ、発生時には影響を最小化し、復旧を迅速に進めることです。しかし、ここに「パラドックス」が存在します。
成功した場合:「何も起きなかった」と見なされるため、努力が評価されない。
失敗した場合:危機が発生すれば批判や責任追及を受ける。
例えば、大規模な災害が防げた場合でも、その努力が世間に認識されることは少なく、「ただ運が良かった」と思われてしまうことすらあります。結果として、危機管理者の役割は過小評価される傾向にあります。
評価の難しさと評価自体のコスト
「危機管理のパラドックス」が存在する理由は、単なる心理的なものだけではありません。組織の構造や評価システムそのものが抱える課題も関係しています。
目に見えない成果
危機が防がれると、その努力や成果が可視化されません。「何も起きなかった」という結果が評価につながる仕組みがない限り、その価値は認識されにくいのです。評価基準の曖昧さ
「何も起きなかった」状態をどう評価するのかが難しく、危機管理の成果を明確な指標で表すのが困難です。例えば、「危機の未然防止」は実際に何をどの程度防いだのかを仮想的に示す必要があり、評価基準が主観的になりがちです。社会心理の側面
人は「問題がない状態」に対して感謝や認識を持ちにくい傾向があります。多くの場合、危機が発生した後の対応には注目されますが、未然防止に費やされた努力は見過ごされることが多いのです。評価のコストという問題
評価そのものがリソースや時間を要する活動です。正確な評価を求めるほど、リスクシミュレーションや報告作成に過剰なコストがかかる可能性があります。組織構造による問題
危機管理者は多くの場合、管理職を務めることが多く、その管理職が自己評価を行う形になりがちです。これでは客観性が担保されません。一方で、第三者評価を導入するとさらなるコストがかかるため、評価そのものが後回しになるリスクも生じます。
危機管理者を正しく評価するための現実的な提案
評価のコストや組織構造の制約を踏まえ、実現可能な方法を以下に提案します。
評価プロセスの簡略化と標準化
必要最低限の指標を設定し、簡潔な評価フレームワークを採用します。例:対応速度、防止したリスクの数、訓練や予防活動の実施率。
これにより、過剰なコストを抑えつつ、一定の客観性を確保します。
自己評価と外部評価のハイブリッドモデル
管理職による自己評価をベースにしつつ、短期間の外部評価チームを設けます。外部評価は特定の重要なプロジェクトや年次レビュー時のみに限定することで、コストを抑えながら客観性を担保します。可視化と報告のルーチン化
危機管理の成果を簡潔にまとめたレポートやインフォグラフィックを定期的に作成します。
例:1年で回避したリスクの一覧や、対応した緊急事態の概要を公開。
これにより、組織や社会に危機管理の取り組みを認識してもらいやすくなります。評価基準の透明化
評価基準を全組織で共有し、透明性を高めます。危機管理者も基準策定に関与させることで、現場感覚を反映させます。リスク共有文化の育成
危機管理を個人の責任だけにせず、組織全体の課題とする文化を醸成します。これにより、責任が分散され、チームで協力体制を構築できます。
おわりに
危機管理のパラドックスは、評価の難しさとコストの問題を抱えています。
上記の解決策を取り組んだからと言ってすべてが解決するというわけではないでしょう。それは構造上の問題だからです。そもそも、私たちは未来予知などできないのですから100%回避できる危機なんてありません。だからこそその構造に一人ひとりが自覚的になり、些細なリスクでもいいので小さな危機管理を積み上げることで、少しでも危機管理の精度を上げる。それの積み重ねしかないのだと思います。