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念仏を唱えるリーダー

私は激怒した。必ず、この上司の本意を確認せねばならぬと決意した。

別に走らないけど

8月も末になり、ちょっと、時期を外したタイトル名となってしまったが…。
別にお盆だからってこともないのだが、ちょっと前に、YouTubeで除霊関連(!?)の動画を観ていて、ふと思い出した出来事があった。

あぁ、あれって除霊みたいなものだったな、と。


昔の仕事で、自社商品の販売先のオーナーに対して、取引停止を仕掛ける、というようなものがあった。随分と物騒な話だが、こちら側としても販売網の強化という使命があった。もちろん、先方も生活があるから、必死だ。
仕掛ける、というのは、ちょっと表現が厳しいが、要は先方の嘘を暴くことである。仕事がなされていない、販売網が劣化しているのに劣化していないふりをされていては、困るわけだ。帳票から裏を取って、整合性を確認していく。だいたい、タテ・ヨコ・ナナメと見ていくと、あれ?という箇所もあるものだ。問題を指摘し、改善を求めたり、始末書を提出していただいたり、と、取引停止に向け、誘導していくようなイメージだ。当たり前だが、感情的になってもこじれるわけで、互いに納得の上、スムーズに解決するのがベターなのである。

当時は、30歳前後。
そんな若造が、親のような年齢のオーナーに、詰めていくわけである。
色々なタイプの担当者がいる中で、当時は、武闘派の担当者が持ち上げられる傾向があった。冷静に、感情的にならずに、と言っても、自然と肩に力が入り、言葉も強くなる。

ちょうどその頃、これまた武闘派の上司が着任。
同行営業のうちの一件に、ちょうど仕掛けていた取引先があった。

上司と一緒に、事務所に一緒に入る。
どこかで、初っ端の同行訪問で、手柄を立てよう、という思いがあったと思う。
時候の挨拶と上司の紹介もそこそこに、オーナーに持ってきていただいた帳票類をめくりながら、先方と丁々発止のやり取りを繰り返した。上司も加わり、二人して、詰めていく。
「この数字はおかしくないですか?」
「それについては、この帳票を確認してもらえばわかります」
先方も、もちろん、事前に今回の上司との訪問に向けて準備をしてきているようだ。きっと想定問答も行っていたのだろう。

そうこうするうちに、途中、上司はそこらへんの帳票を手にとって見るだけで、口を出さなくなった。が、こちらは止まらない、止まれない。
今考えても、結構ヒリヒリするような空気だったと思う。
私と先方とのやり取りもヒートアップしていく中で、上司が口を開いた。

「小西、もういいから。ここはもういい。帰るぞ」

えっ!?
いやいや、未だ途中ですよ。
意外な言葉に、思わず動揺する。

その瞬間、オーナーの頬を涙が伝っていた。

上司は、取引先と二三言葉をかわした。
「数字は、おかしいところがあるけど、今後、必死でやって、帳尻合わせなさい」とか、そんな内容だったと思う。あまりに、こちらも唖然としていて、はっきりと覚えていない。
上司の言葉にも混乱したが、ちょっと前まで、あれだけバトルし合っていた先方の涙がなおさらのこと混乱を加速させた。

事務所を出る。オーナーは、上司に対して、感謝の言葉を伝えている。
そりゃそうだろう。一方で、私は…バツが悪い。

先方の事務所を出て、駅まで歩く。
こちらから上司に声をかけることはなかった。
混乱が怒りに変わっていた。
なんで、この人、止めたんだ!

しばらくして、上司が口を開いた。
「小西な、あそこは、努力賞だ。おかしいところがあったが、それなりに帳票も整合性あるように作っていた。あの涙を見たろ。今日の日に備えて、不安を抱えながら、準備をしていたはずだ。ストレスもあっただろう。今日はそのタイミングではない」

「北風と太陽」みたいな話か。
確かに、こちらも焦りすぎた。視野が狭くなっていた。ロジカルに詰めていくことが、全てだと思っていた。先方の状況、心理なんてお構いなしだった。
怒りも和らぎ、むしろ、恥ずかしくさえ思った。

後日談。
おそらくあの日、あれ以上詰めていたら、おそらく、上司とは別ルートの動きから、私はそのエリアの担当を外されていたかもしれないことに後で気づくことなる。結果的に、上司はギリギリ手前でそれを防いでくれたことになる。

上司に対しては、最初は、武闘派ということで、構えていたが、この日を機に、こちらからも近づくようになり、また先方からも飲みに誘っていただきと、部署を離れてもかわいがってもらった。武闘派だけど、ベースは涙もろい人情家。
今の、私のリーダーシップに影響を与えた人の一人だ。


あの日、あのタイミングでの上司の一言。
先方から、スーッと憑き物が落ちたように思えた。
そして、私自身の憑き物も落ちたように思えた。

そういう意味では、上司は念仏を唱えたんだと思う。
最適のタイミングで、最適のトーンで。

私も当時の上司のような年齢になった。
果たして、念仏を唱えられるリーダーになったんだろうか、私は。

というか、いないか。念仏を唱える相手が。

DALL-Eより




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