見出し画像

理不尽さの受け入れ方

会社、家庭、友人関係でみなさん様々な「理不尽
を経験したことがあると思います。

僕は子供の頃にかなりヤンチャだったので、基本的に何かあれば僕だと疑われるようなタイプでした。また、学校では、やってもないことで呼び出されたりしていました。

世の中理不尽だ!

子供ながらにそう思ったのを覚えています。

しかし今は、身の回りに起こる様々な理不尽に対して、
嫌悪感なく付き合えています。

それについて短いですが、話していこうと思います。

画像1


もしも世の中、自由で平等な社会だったら?

一度はこんなこと考えたことありますよね。
僕は地獄だと思うんです。

もしも自由で平等な世界だとしたら、
それは強者だけが勝ち残る世界です。
頭の良い人間が全てを総取ると思います。

敗者は、正当な敗者となります。
能力、努力が無いから負けたのです。
言い訳する点がありません。

なぜなら、そのような世界では、
個人の能力が全てだからです。
それ以外に比較するものはありません。

負ければあなたが全て悪くなってしまいます。

自由で平等な社会において、
全ての起こりうる事象は自己責任に帰結します。

画像2


しかし、理不尽さが存在することで、あなたが負けた時に言い訳することが出来ます。お金持ちの家に生まれていれば、もっと可能性に恵まれていた、などの言い訳も可能です。

納得のいかない理不尽さ、という奴は自分の味方になってくれているということです。

誰もが親の教育に対して、納得がいかなかった点が1つや2つはあると思います。

しかし両親は、あなたが失敗したときの言い訳になってくれていると思うんです。

少し前にこんなニュースがありました。

官僚をしている父親の息子が、どうしても手に負えなかったケースです。

僕がこのニュースを見て感じたのは、子供が家庭を言い訳にすることが出来なかったのではないかなと思います。

きっととても優秀なご両親ではなかったのではないでしょうか。

教育上、理不尽さを子供に与えるのは良くないと一般的には考えれると思われますが、僕はそうだとは思いません。やはり少しばかりは、理不尽なことも教えてやる方が、子供自身の為になるのではないかと思います。もちろんさじ加減を間違えてしまうと、大きな問題になります。


今回は言いたかったのは、理不尽さによって嫌なこともあるけれども、助けられてもいるということです。

理不尽がない世界に憧れはあるかもしれませんが、その世界では全てが自己責任になります。

理不尽の捉え方によって、生きるのが少しは楽になるのではないでしょうか。





この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
お勧めの小説8 東野圭吾 「放課後」
58
【幅広い知識を発信】大学4年 | 経験や知識をアウトプット| 読書 | soft minimalism | 効率化 | note&Twitter | 今年の抱負は「本を読む」「Toeic850点」