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悪口で「ゼラチン」と言われた夜に

「吐かせ。タコ。失せろ」。
感情的に言い放って彼女はサジを投げた。
それどころか食っていたマトンドリアの容器を鷲掴みにして私に向けて投げつけたので、前歯が欠け、口内が切れて口の中は真っ赤になった。逃げるべきかと涙目で顔を上げたが彼女はもうといめんにいない。

背後から「死んでくれ」と声がした。振り返ると、彼女はまさに包丁を持ってこちらに突進している最中であり、切っ先は眉間を目指していた。相場は腹じゃんって思いつつ間一髪で身を交わすも避け切れず、ぐさりと頬骨のあたりに刺さった。彼女はずぶりと刃物を抜く。私は痛みのあまり両手で頬をおさえてその場に崩れ落ちる。

どくどくと指の隙間から溢れる血液は、床に垂れまくる。一見して曼荼羅のように見えなくもないので「曼荼羅みてえだ」って不思議とのんきな心地になって呟いたのがいけなかった。彼女はもう何も言わず、充血した赤い目でこちらを見下げてアイロンを振り下ろした。幸い温まってはいなかったのだが、いかんせんアイロンは固い。アイロンは固いので、頭が痛い。ワンワンと内耳で音が反響しふらふらめまいがしていたら、もう一発、ゴツンと衝撃がやってきてわたしは危うく気を失いそうになったのだが、頬の痛みが功を奏して持ちこたえた。

しかしまた一発一発と一発が三回あったので三発です。三発だなあって感じです。痛みが薄れるとともに身体が冷える。彼女のシッシッというボクサーがジャブを打つ時のあれが聞こえるたびに頭には衝撃がある。痛え痛えと思っていたらドアが開く音がしたので、きっと騒ぎを聞きつけてお隣さんがやってきてくれたんでしょう。私助かるんでしょうと思ってたら犬が、なにやら汚い犬二匹が交尾をしながらテクテク歩いきてすごく器用。犬は後背位でセックスをするので、前脚はこれメスであるが後脚はオスであり、オスの前脚はメスの背中にちょこんと乗っているので、獅子舞に近いのかしらこの生き物は、

犬は馬鹿みたいにべろを出しながらハッハッハッハッハッハッハッハッって、もう一定の興奮をずーっとリズミカルに保ってるから、おい吠えろと嚙みつけとこの女を止めろと思ってる間にもアイロンはガンガン振り下ろされ、わたしの頬からは血がビチャビチャ出るし、前歯はキンキンキン響くしでもう大変。でも犬は我関せずでハッハッハッハッを続けながらローテーブルの周りをよちよち歩いてずーっと周回してるんで「竜巻でも起こしてえのかこいつは」と叫ぼうと思ったけど、それが最期の言葉になると格好がつかねえってことで「詩人であり英雄であるわたし。まっとうしたのは人生でした」に切り替えたけど、頭を殴られ続けているからかうまくまとまんねえなぁっていう、不完全燃焼よね。これが愛のねえセックスか。くそ犬め。

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