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「100年前のラノベ」こと坂口安吾について! 代表作の紹介など

「安吾が好きだ」と口に出してしまうと、なんだかちょっと近寄りがたい大学生みたいだ。ビレバンの隅のほうで文庫を手に取っては戻している前髪重めのボブ女か、普段はKID FRESINOあたりを聴いている、パンツにシャツをインした前下がりツーブロ男っぽい。ちなみにこの場合、ツーブロ男は堕落論あたりのメジャーな作品の冒頭しか読んでいない。なんとなくね、なんとなく、こう、教養がある人間と思われたいのだ。

なんて……ちょっと毒っぽいことを言った私は安吾が好きでもあるし嫌いでもある。学生時代に友人が卒論で安吾の「風博士」を対象にしていて、「パチンコが忙しくてぜんぜん進まない」ということで1本5万で執筆料をもらって論文を書いたことがあるくらいの思い出しかない。結局その男は「今日は店側の操作がはたらいた」と言い、3万3,452円(請求時に財布に入っていたすべて)しか払われなかったのだが、まぁ安吾にはそれくらいの興味しかない。先に苦手な部分を書くと、なんだかダサい、というかラノベっぽいナルシズムに溢れているからだ。

諸君は、東京市某町某番地なる風博士の邸宅を御存じであろうか? 御存じない。それは大変残念である。そして諸君は偉大なる風博士を御存知であろうか? ない。ああ。では諸君は遺書だけが発見されて、偉大なる風博士自体は杳ようとして紛失したことも御存知ないであろうか? ない。ああ。では諸君は僕が其筋そのすじの嫌疑のために並々ならぬ困難を感じていることも御存じあるまい。(引用:坂口安吾『風博士』竹村書房)

これ風博士の序文なのだが、「ご存じであろうか?ない。残念だ。ああ」がもうダサい。もうナルシズム全開で、この序文から、あますことなく「自分のこと大好きです!」という感じが伝わる。「ない。ああ」のとこで、こう分かりやすく頭を抱えている映像が見える。なんかちょっと腹立つ。「いやー、困っちゃったよ〜!あーほんと参ったわ〜!参っちゃって参っちゃって!お手上げですわ〜!あーほんとにまじで超お手上げ〜!どうしよう〜」みたいなことを連呼してこちらから「どうしたの?」を待ってる奴みたいな、そんな腹立たしさ。

そもそも安吾は新戯作派を作り上げたといってもいい作家で「もっとこう戯作っぽく、俗っぽい感じの文章で書こや。かしこまらんでもええやないのん?」と言い出した。その高田純次的なテキトーながさつさは好きなのだ。ただ俗っぽい感じを出すとナルシズムが顔を出すとは思わなかった。そういえば新戯作派の代表的作家として太宰治もいるが、こいつもまぁ相当なナルシストだ。ただ太宰治のナルシズムはガチすぎてちょっと笑える。

この新戯作派の動きは、広義で現代でいうところのライトノベルともいえる。やはりライトノベルもナルシズムが強くて、個人的には読んでいて不快なのである。イメージで語るが、だいたい勇者になって魔王を倒すか、ハーレム状態になるかのどちらかで、作者の願望がちらつく。一度我慢して某作品を読んだことがあるが、12ページ(目次を含め)くらい読んで、あまりのストレスにめまいを起こしそのままキッチンに向かって湯を沸かし本を煮てから捨てた。ストレスのあまり、煮沸消毒したくなった。

ここまでボロクソに書いたが、もちろん安吾の好きなところもある。1つはあのテキトー男という部分で人間性としては力が抜けていて、見ていて楽しい。高尚すぎて頭がカチコチに固まった文学者とは違って隙がある。そんな安吾のイメージがくっきり出ている写真がこちらの1枚だ。

やべえだろこれ。この散乱した紙はこれボツ原稿かこれ。だとしたらこのおじさん、才能ないだろ、とまぁ冗談はさておき、この写真が新戯作派を色濃く描いているのは間違いない。以前、禁煙の記事でも書いたが中学生の私はこの姿にいたく憧れたものだ。安吾のこういうところは結構好きだ。こんなゴキブリ御殿みたいな部屋は断固拒否だが。

2つ目はタイトル。安吾の小説はタイトルがものすごくお洒落である。これはやはり江戸の戯作(洒落本や滑稽本)に影響を受けているからで、十返舎一九の「東海道中膝栗毛」が代表的。「栗毛」は馬のことで、馬の代わりに徒歩で歩くことを「膝栗毛」と言っている洒落なのである。おしゃれね~。

その前提があったうえで安吾のタイトルを見てみよう。「風博士」「不連続殺人事件」「青鬼の褌を洗う女」「肝臓先生」などなどが代表例で、当時の文壇としては珍しく、明らかに奇をてらったタイトルが並ぶ。なかでもグッときたのは「桜の森の満開の下」だ。助詞「の」が3連ちゃんで入るという、文学評論家から超怒られそうな題。文学の自由さが見えるのはもちろん、「の」が連続するにもかかわらずリズムが良くて口が気持ちいい。また字面も美しい。だいたい「屍」を連想させる。

そういえば、大学のときに一緒にバンドやってた子は卒論のテーマに「桜の森の満開の下」を選んでいた。そう考えると、私は坂口安吾が好きなコミュニティにいたのかもしれない。つまりラノベも我慢すれば面白くなるのかもしれない。

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