修行の旅
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修行の旅

Jun

前回↓

前回は、KORNのカバーバンドをやるために、今まで積み上げてきたものを全部ぶん投げたら何かひらめいた、という話。

MaKORNをやってから、サポート出演の依頼がぽつぽつ来るようになった。これは大変ありがたいことだ。なにしろ「ベーシストとして評価」されたのだから。バンドを辞めてから評価されるようになるというのも皮肉な話だが(笑)。

まあほかにも要素はあると思っていて、そこそこ弾ける、好みが極端でないので文句言わない、スケジュールは守る、そこそこ顔が広い、所属しているオリジナルのバンドが無いのでフットワークもまあまあ軽い、などの要素が絡み合った結果かな。

ハードロック、メタル方面のサポートベースには(あるには越したことはないが)とびぬけたテクニカル要素はあまり必要なくて、曲をちゃんと把握してボトムを支えつつおいしいところは顔を出す、みたいなことの方が重要な気がする。派手なプレイはギタリストに任せていればいいんです。なんせサポートだから。

あと、顔が広い+フットワークが軽いというのは結構大事だと思う。「誰かいないかな~」となったときに「あいつがいるじゃん!」と思い出してもらえる位置にいないといけない。そして、「来月のこの日空いてる?」と言われて「空いてまっす!」と即答できると、バンド界隈では使い勝手が良い。

野良ベーシストとして、いくつかサポートの現場をこなしていく中で、楽しいことの方が多かったけど、冷や汗をかいたこともあった。俺以外のメンバーが各楽器の講師だったりとか、チューニングによって使い分けているベースの選択を間違えてスタジオに行ったりとか(これは幸い車にもう1本積んであって事なきを得たが)。

そこで最も強く感じたのは、「ここではちゃんと弾けないと死ぬ!」ということだった。死ぬというか存在価値がないというか。当然と言えば当然で、「この曲のベースをライブで再現してくれる人」を頼んでいるのに、それができなかったらギャラを払う価値は無いわけだ。性格が良かろうが悪かろうが、あるいはたとえどんなにソロで弾けようがバンドとして合わせられなかったら意味がない。こんなことバンド時代に気づけよって話なんだが、おれはここで気づいたという。

サポートの依頼はだいたいリハが1回。無いこともある。最初で最後のリハでバンドの音が作れるか、そのために何を仕込んでいくべきか。むしろ本番よりその数日前のリハを重視していたかもしれない。そういう状況でほとんど初めて会う人とステージを作る。これはとても楽しく、しかし大変な作業だった。

このころのおれのコンセプトは「流される」だった。流されるとは、つまり依頼は基本断らない。スケジュールが空いている限り受ける。基本ロック畑なら、受けてからどうするか、どこまでできるかを考える。こんな感じで色々やった。メタル、メロデスはもちろん、地下アイドル、アニソンイベント、歌謡曲、オルタナティブ、J-ROCK、まあだいたい1回は通った。ある年は当時所属していたCiel NocturneとSIRENT SCREEMの曲を含めて年間で100曲以上弾いていた。

年間100曲、そのうち新曲が80曲以上だったので、月に7-8曲は新曲を覚えないといけなかった。おれの曲の覚え方は非常に面倒な手間のかかる方法だった。曲を聴きながら構成表を作る→音を拾えるところから拾いながら楽譜を作る→楽譜を見ながら弾いて覚える、という具合。世の中には1曲あたり2-3回聴くともう弾けちゃう人もいるようだが、おれは多分その数十倍の時間をかけないと弾けるようにならなかった。楽器と脳のつながりが薄かったし、学生時代に耳で音を拾ってなかったせいだろうと思う。学生時代には耳コピを沢山やった方がいい!と断言できる(笑)。

それでもなんとかスタジオリハとステージをこなしたおかげで、多少器用になったし、耳も鍛えられた。そんなこんなをやっていると、現場に行くと次の依頼を頼まれるという妙なサイクルが出来てきた。あれ?おれってサポート業で、プレイヤーとして専業で食っていけたりする?と感じ始めた矢先に、あれが来たわけですよ。

コロナ来襲。

ライブシーンが強制シャットダウン。依頼も全滅。いやー世の中甘くないっすわ。

まあ、あの状態で専業プレイヤーになるにはかなりリスキーだったので、あわよくば、程度だったんだけど、ようやく自分が自分の音でシーンを渡っていけるかも?という可能性を感じられた時に、はい終了~となったのは、本当に残念だった。巡りあわせなのかな。逆に、専業になっちゃってから今の状況だったらもっとまずいことになっていたと良い方に考えることもできるわけだけど。

という感じで、修行の旅と称してサポート業としてライブハウスとスタジオを渡り歩く生活を、コロナが来るまで4年くらいやったかな。色々経験になったし、昔のメンバーからは見違えたと言われた。ようやくベーシストとして名乗っていいかなと思えた。

ところで、こんな苦労話は、普通楽器始めた頃にわーっと通ってしまう話だろうと思っている。おれは昔サボっていたので、いい年になってからツケを払っていたわけだ。なので、まっとうなミュージシャンのみんなは、この話を参考にしないでいい状況であることを祈る。参考になった…というおれと同じく残念な人は、今からでも挽回は遅くない!と言っておこう。なにせおれという例がいるのだから。


回想シリーズ

第一話

第二話

第三話


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Jun
ベース弾いたり文字を書いたりする人