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手帳でつくる私の未来 ~アラフォーの私が欲しい未来を手にするまで

蒼樹唯恭(あおきいちか)さんに書いていただいたオリジナルストーリーを全編一挙公開!!

私と私がお伝えしている『手帳レッスン』を優しく包んで小説にしてもらいました♡

ゆっくりじっくり読んでいただけたら嬉しいです♪



2月末、東京。

空気は冷たく、吐く息は白い。

新幹線から降りた有紀は、ブルッと小さく体を震わせた。

「東京は俺らのとこより、あったかいね」

有紀よりも頭一つ分背の高い青年が、キャリーケースを引きながら彼女の後に続いた。

青年は有紀の息子で、今年の4月から都内の私立大学に通うことになっている。

今日は息子の下宿先を探すため、親子2人で新幹線を使いはるばる東京にやってきたのだ。

「そうだね。忘れ物ない?」

有紀が後ろを振り向くと、息子は「子どもじゃないんだから」と、うっとうしそうに答えた。

確かに18歳にもなれば選挙権はあるし、一般的には大人と呼べるのかもしれない。

しかし、有紀にとって息子は、まだまだ手のかかる子どもだった。

―4月からは別々に暮らすんだし、私もそろそろ子離れしないと。

これまで何度も自分に言い聞かせた言葉を、心の中でだけ呟く。

それから、人でごった返すホームに目をやり、深呼吸をして出口に向かった。

新幹線を降りてすぐ有紀たちは永遠に続くかと思われる地下道を歩き、電車に乗り換え、不動産屋に向かった。

事前のやり取りで希望は伝えてあるので、今日は出してもらった候補先を中心にいくつかの物件を見て回る予定だ。

有紀たちは店に入ると挨拶もそこそこに車に乗せられ、最初のアパートに向かった。

窓からは大小さまざまな建物と、スマホを片手に歩く人々が見える。

数の上では劣るが、景色の内容に関しては都会も田舎も大差は無いようだ。

途中、窓から見覚えのある建物が目に飛び込んできて、有紀はハッと息を止めた。

20年以上前、彼女が勤めていた百貨店だ。

建て替えられたばかりで真新しかったビルは、今は全体的に薄っすらと黒ずみ、かつての威容を少しばかり失ってはいるが、正面に大きく掲げられた看板のデザインは以前と全く変わっていない。

その姿を見た瞬間、有紀は一瞬で「あの頃」に連れ戻された。

磨き上げられた床と、アールヌーボー調の装飾が施された天井。

開店直後に流れるモーツァルトのピアノ曲。

揃いのワンピースを着て、首元にローズレッドのスカーフを巻いた受付嬢たち。

このスカーフが一番いい位置に来るよう鏡の前で調整しながら、標準語の挨拶を練習するのが有紀の日課だった。

当時、上京したばかりだった有紀は訛りがなかなか抜けず、研修後も必死で自主練習を重ねていたのだ。

辛いことも沢山あったが、華やかな場でお客様と接する時間は有紀にとって心から楽しい時間だった。

―あの頃は良かった、なんておばあちゃんの台詞みたい。

有紀は思わずため息をついた。

結婚して百貨店での仕事を辞め、地元に戻ったことを後悔はしていない。

一人息子を授かり、大きな怪我や病気もなく家族一緒に暮らせた日々は幸せだった。

それでも、今の仕事をもう10年続けると思うと、胸の奥から苦いものが込み上げてくる。

夫の知り合いが経営する会社で、事務職員として働いて約15年。

それなりに居心地も良いが、このままでいいのかと漠然とした不安に襲われることがある。

だからといって、他にやりたいことがあるわけでも無く、出口の見えない道を歩いているような心もとない気持ちだ。

この霧のようにモヤモヤした感情はふとした時に訪れ、有紀を飲み込んでいく。

その頻度が増えたのは、息子が受験した大学から合格通知が届いて以降だった。

午前中にアパートを3軒見て回った後、有紀たちは不動産屋の男性に教えてもらった小ぎれいな中華料理店に入った。

注文後、すぐにスマホを見始めた息子を横目に、有紀も自分のバッグからスマホを取り出す。

電源を入れると、前回開いたときに読んでいたブログの画面が表示された。

ブログは有紀と同年代の女性が書いたもので、親しみやすく優しい雰囲気の文章が気に入っている。

何よりも、有紀が好きな手帳にまつわる内容が多く、彼女が手帳術のレッスンをしている点にも惹かれた。

彼女の仕事は主に、「GPS手帳」と呼ばれるレッスンの講師をすることらしい。

「GPS手帳」とは、『あなたが叶えたいことを明確化して、GPSのように叶えたい未来に向かって進んでいくためのツールになる手帳』のことだ。

夢や目標を目的地として設定し、現在地から手帳を使ってその道筋を探っていくという考え方がとても面白い。

夢も目標も特に無いのに、レッスンの紹介文を読んでいるのは不思議だと思うが、有紀は何度もそれに目を通していた。

ふと、体験者の感想の一つに目が留まる。

『忘れていた希望や、大切に思っていたことを思い出しました』

忘れていた希望。

大切に思っていたこと。

昔持っていたはずの、何か。

それは実体こそないが、有紀のなかにもかつて存在していた。

「あの頃」には確かにあったもの。

しかし、それがどんなものだったのか、思い出せない。

―でも、思い出したところで、どうするの?

暗く重たい闇がロウソクの小さな灯りを飲み込むように、有紀は自分の問いかけに蓋をした。

引っ越し当日。

息子はすでに、夫と一緒に東京へと発った。荷物を送り出したら、有紀もすぐ東京へ向かう予定だ。

最後の荷を積み終わったトラックが出発し、信号を曲がって見えなくなる。

その後ろ姿を見送った直後、有紀は体から力が抜けていくのを感じた。

―私、これからどうするの?

現実的なことを考えれば、荷物をまとめて最寄り駅へと向かうべきだ。

しかし、そうではない、そういうことではない、と有紀の心の奥から何かが叫んでいる。

「…置いて行かないで」

無意識に自分の口からこぼれた言葉が、有紀を現実に引き戻した。

誰に置いていかれるというのだろうか。

いい大人が子どものように「置いていかれる」だなんて。

そこまで考えて、気付いた。

―私だ。私が、私を、置いて行ってたんだ。ずっと、長い間。家族や仕事にかまけて、私は私の一番大事な部分を置き去りにしていたんだ。

有紀は呆然として立ち尽くした。

どれくらいそうしてただろう。

突然ポケットに入れていたスマホが鳴り、我に返る。見ると、夫からの連絡だった。

有紀はしばらくその画面を眺めていた。

しかし、返信はしなかった。

代わりにいつも読んでいるブログを開き、「GPS手帳」のレッスン申し込みのボタンを押す。

その間、約10秒。

ドキドキと鳴る心臓がうるさい。

名前や希望日程などの必要事項を記入し、最後の送信ボタンを押した頃には全身から汗が吹き出ていた。

有紀は自分の行動に驚き、再び立ち尽くした。

レッスン当日。

有紀は、はやる心臓を抑えてパソコン画面の前に座っていた。

オンラインで話す経験も数えるくらいしか無かったので、上手く行くか不安もあった。

時間になり、画面が切り替わる。

目の前に、自分と同じ年代の、落ち着いた雰囲気の女性が映った。

「こんにちは。純子です」

優しい笑顔に、安堵する。

この人なら大丈夫そうだ。

「…有紀です。よろしくお願いします。あの、」

先に言っておかなければいけないことがあったが、言いづらかった。

しばらくどう言おうか迷った末、意を決して口を開く。

「私、特に夢とか目標とか無いんです…まだ」

こんな状態でレッスンに申し込んだ自分を、純子はどう思うだろうか。

激しい後悔の念が有紀を襲った。

しかし、有紀の予想に反して純子は笑って言った。

「私もそうでした」

「…」

「大丈夫ですよ。一緒にやっていきましょう」

有紀は自分が心底、安心するのを感じた。

レッスンは終始、和やかに進んだ。

「GPS手帳」の基礎を脳の仕組みを交えながら説明してもらい、実際に手帳をどう使っていくかを学ぶ。

有紀は自分がいつになく前のめりになっていることに気付いた。

「最高の未来を設定するワーク」で手が止まったとき、純子が言った。

「母だから、妻だから、年だから。こう言う事ばかり考えて、私も最初、何も書けませんでした」

「純子さんでも?」

有紀は驚いた声を上げた。

目の前にいる女性が、自分と同じように感じることがあったなんて、信じられなかった。

純子はフフッと笑った。まるで、懐かしいものでも見るように。

「今考えると、自分で制限をかけてたんですね。でも、手帳なんだから、誰にも遠慮する必要はないんですよ」

その言葉に背中を押されるようにして、有紀は一言、自分の手帳の一番上に書いた。

『今の仕事を辞めて、好きなことを仕事にしたい』

ようやく書けた言葉は、口にするとひどく稚拙に思えた。

急に気持ちが萎え、もう一人の自分が冷たく笑う。

ー好きなことを仕事に?甘いんじゃない。

ー仕事を辞めたいだけの言い訳でしょ。

ー好きなことも分からないクセに。

有紀はボールペンを持ったまま、顔を下に向けた。

「いいですね」

純子は一言、そう言った。

ただそれだけなのに、有紀は不思議と心が軽くなるのを感じた。

レッスンを終えてからも、気持ちは軽かった。

つま先が少しだけ地面から浮いているような、不思議な感覚。

有紀は純子に教えてもらった通り、少しずつ自分の手帳をGPS手帳として使い始めた。

書けないことも多かったが、それでも手帳に向かい続けた。

そうすると、だんだん自分の素直な気持ちを書けるようになってきて自分でも驚いた。

好きなこと、したいこと、欲しい未来。

実現するかしないかは関係なく、そうしたもので手帳が埋まっていくことに喜びを感じた。

書いているうちに、自分が昔好きだったものを思い出すこともあった。

ー私、人と話すことが好きだった。だから、接客業を選んだんだ。

それは長い間忘れていた、有紀の「大切にしていたこと」だった。

それを丁寧に手帳に書き込んだ後、心の中で問いかける。

―じゃあ、これからどうする?

そう自問できた自分が少しだけ誇らしい。

―そういえば、GPS手帳を継続的に学べるコースもあったよね。

それを受講すれば、より深く自分のことを知れるかもしれない。

有紀は鼻歌を歌いながら、手帳のやりたいことリストに「GPS手帳・継続講座」と付け足した。

(終)

written by Ichika Aoki

☆ストーリーの中で出てきたレッスンはこちら↓

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https://ameblo.jp/happy-days-sumire/entry-12617874008.html

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