足音【第24話】


「リンが来たわよ〜」

フリルのかたまりが飛びついてくる

リンは
そのかたまりをぎゅうっと抱きしめた

「リンちゃん、入って!」

フリルのかたまりが手をひっぱる

タッタタッタタッタタ……
音がだんだん大きくなる

ティーポットにお湯を注ぎながら
サエが振り向いた

「いらっしゃい」

トン、タタタタカッ
タタタタタッタタッタタ

「あいかわらずね
 あの二人座ることってあるの?」

「そうね…
 食事の時と寝るときくらいね。

 この間なんて、食事中に
 あの子が急にステップ踏み出してね
 フォークに刺したチキン片手に
 タップ踏むもんだから
 そのときばかりはさすがに
 頭にきたわ!」
注いだお湯がポットから溢れた

「ユウにやってもらえばいいじゃない」

「諭すどころか、
 一緒にやっちゃうんだから…」

「え?」

「タップのことになったら
 どっちが子どもなんだか…」

サエは
こぼしてしまったお湯を拭きながら
肩をすぼめる

タタン!
少年は
くるんと身をひるがえして
着地する

「お、それいいな。
 そのときに、腕をこう開いて
 跳ぶといいんじゃないか?」

少年はうなづいた

 タタン!

「おう!その方がいいね」

タタタタタタタン!
拍手するかのようにステップする

トン、タタタタカッタタタタタッタタッタタ……
少年は続けた

    ***

ティーカップに指をかけた

「こちらもどうぞ」
サエがスコーンを差し出す
「おばさまの残してくれたレシピ見て
 作ったの」

出されたスコーンはまだあたたかい

おばさまは私たちが遊びに行くと
いつも作ってくれたわね

お料理やお裁縫
淑女の言葉遣いやお洋服の着こなし
二人でいろんなことを教わった
おかげで私たち
素敵なレディになりました

「リンちゃん、見て!
 このワンピースのフリル
 おばさまのお洋服なの!」

 手を広げて くるくるとまわる

「この子が生まれた時に、おばさまが
 『これをほどいて
 この子にフリルのいっぱいついた
 ワンピースをつくってあげて』
 って、譲ってくださったの」

暖炉の上の写真を眺めて 
サエは話を続ける
「『娘の彩にあげようと思ったけど、
   あの子の子どもは凛太郎だけでしょ。
 かわりに、このシューズは 
 凛太郎にあげようと思ってるの。』 
 って話してたわ。」

フレームの中の彼女と目が合った
レースの裾を少しつまんで
腰を少し落としている
      ―お姫さまみたい―
 その横にはサエとワタシ

3人とも真っ白なタップシューズを
はいている


サエと私がはいているのは
ユウの父さんからのプレゼントだ

フレームの中の彼女がほほえむ

     ***

「二人とも座って。
 リンが来てくれたわ。
 お茶入れたから休憩しましょ。」

「リンちゃん、いらっしゃい。
 あ、おばさまのスコーンだ!
 これ、好きなんだよ。
 2人も大好きだよな?」

「うん!ワタシ、これ大好きぃ!」
フリルのことも忘れて椅子によじ登る

少年はうなづいてスコーンにかぶりつく

「あわてると喉が詰まっちゃうわよ。
 お茶と一緒に飲んで。
 あらあら
 フリルがしわくちゎになっちゃう!」

子どもたちの世話をするサエを
見やりながらユウの方に体を向けた

「コンテストはいつ?」
「1週間後」 
「総仕上げってとこね」
「あぁ」
ユウはスコーンにかぶりつく

慌てると喉が詰まっちゃうわよ…
サエの言葉を胸の中でつぶやいた

「大丈夫」
お茶を啜りながらユウは続けた 

「あの子は抱きしめて静止するまで
ステップを踏むことをやめない」

両手でティーカップを包み込む
「あの子にタップが向いているのか
 わからないが」

カップの紅茶をじっと見つめる
「あの子が自ら
 ステップを踏むことをやめるまで
 付き合ってやりたいんだ」

息子の横顔を愛おしげに見つめてから
カップを傾けた

そう…
ユウらしいわね

でもね…
あの子は
あの子にしか感じ取ることのできない
感性を持っている気がするの
他の人は感じ取ることができない何か…
声が見えるサエのように

「にいちゃんの言いたいこと、
 足音聞けばわかるよ。
 にいちゃんが今悲しいのか
 嬉しいのか、楽しいのか。
 お腹が空いているときもわかる。
 怒ってる時はとってもこわいのよ。」

少年がとなりの妹の肩を小突く
照れくさそうにうつむいた

「そうね、わかるのよね」
サエは目を閉じてうなづいた
聞こえない何かを
聴き取ろうとするように

「そうね、
 言葉じゃなくてもいい
 どんな形でも気持ちは伝わるわ」

――ワタシもそうだった
  あのときも
  自分の気持ちを伝えたいと願った
  気がついたら歌ってたのよ―

「リンもコンテスト
 観に来てくれるんだよね」
「ええ、コンテストのオ−プニングに
 おにいさんと歌うことになったから」
「え!おにいちゃんが歌うの?」
「そう、おにいさんのソロ出演の予定だったのだけど、
 シンがおにいさんに掛け合ってくれて
 一緒に歌うことになったの」

「シンさんは、市長だからね。」
ユウは2個めのスコーンを口に入れる

――オレ、お前の歌声、好きだぜ―

あのときのシンは
この少年くらいだったろうか

サエはさっきまで
フリルを直していた手を
自分の腰に当てた
「もう!おにいちゃんたら!
 何も言ってくれないんだから!」

「いいじゃないか、おにいさんらしい」
ユウが自分でお茶を注ぎながら笑う

「わぁ!
 リンちゃんとおじさんの歌が
 聴けるの?」

飛び跳ねるものだから
きれいに整えたフリルが
またくしゃくしゃになった

そして女の子が言った

「気持ちって
 どんなカタチでもわかるのね
 おにいちゃんの足音や
 リンちゃんやおじさんの歌声や
 おばさまのスコーンの味や
 このフリルの触りごこちからも
 ワタシ、みんなが何を思っているのか
 ぜんぶ分かるもの!」

――リンの声が見えたの!――

あのとき サエ
あなたはそういったのよね

今 彼女は
黙って目を閉じたまま座っている

女の子の方をもう一度ふりかえった

あなたにはわかるのね
まだ小さいのに
サエはまだ目を閉じている
ユウは窓から見える空を眺めていた

リンはティーカップを置いた

二人を見つめる

サエとユウ
そして二人の子ども

あのときと同じ

見えるはずのないものが見えたり
聞こえるはずのものが
聞こえないことだってある

でもね
大丈夫よ
今はあの子たちがいるから

二人は庭先でステップを踏んでいる

写真の中の彼女も
あの子たちのおじいちゃんも
ユウも サエも ワタシも
繰り返してきた光景

タンタンタン…
タタタッタッタ…

私たちの足音も
あの子たちの足音も
これからも続く
ずっと鳴り続ける


             (おわり)






















 























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