一票の平等はどこまで求められなくてはいけないか

2020年12月6日 公共選択学会

横浜市立大学 和田 淳一郎

はじめに~比例近似追求方式における定数配分の限界

 Luce=Raiffa (1957, p.362)がMarch=Levitanの定理を紹介している。これは「人口のみを基準に、すべての選挙区を同等に扱って議員定数配分をするならば、各選挙区への議員定数配分は人口に対して厳密に比例させなければならない」というもので、数学的証明は和田(1995)の脚注4でも与えられている。しかし、決められた総定数を持って、議員定数を47都道府県に厳密に比例配分するというのは、起こりえないようなケースを除き現実には不可能であり、各選挙区への定数配分として比例近似の整数値を求めることになる。

 各県の人口割合(ベクトル)と、各県の定数配分割合(ベクトル)の距離の最小化を保証する整数解として最大剰余方式が求められる(Birkhoff(1976))が、最大剰余方式が、アラバマパラドクス、人口パラドクス、新州パラドクスなどの問題ある現象を起こすことは古くから知られている(Balinski-Young(1982), 和田(1991))。

 然るに、除数方式がこれらのパラドクスを引き起こさず、人口パラドクスを引き起こさないのは除数方式だけであることが証明されており(Balinski-Young(1982))、比例近似の整数値定数配分を求める方法は除数方式の枠内に制約されてくる。

 人口分布と議席配分分布のα-divergence(擬距離)の最小化から、衆院の小選挙区定数配分への導入が予定されているアダムズ方式(切り上げ(閾値下限))、アメリカ下院方式(閾値幾何平均)、北欧の比例代表制などで見られるサンラグ方式(四捨五入(閾値算術平均))、衆参両院の比例代表制で使われるドント方式(切り捨て(閾値上限))などの除数方式が得られる。

 α-divergenceは、一票の平等(one-person one-vote, one-vote one value)を具現化する個人還元主義に呼応するf-divergenceと、特定地域の恣意的な取り扱いを排することに役立つと考えられるBregman Divergenceの双方に属する唯一のdivergenceである(Amari(2010))が、その中でも特に性質のよいKullback-Leibler Divergenceは、経済学において配分問題を考えるのにふさわしいとされるNash社会的厚生関数や平均対数偏差にも呼応し、最適整数解としてアメリカ下院方式とサンラグ方式の間に落ちる、中庸で各選挙区への定数配分も保証する閾値対数平均の除数方式による議席配分をもたらす。(wada(2016)

 こういった具合に、各選挙区の人口と、総定数が与えられれば、比例近似の整数値として各選挙区への定数配分を求めることはできるが、参議院選挙区選挙のように総定数が少なく、選挙区の数が多ければ、一番近い整数値といっても、とても人口比例とはいえないよう定数配分が示されることとなる。

参議院合区と匙加減

 2010年当時の国勢調査で、東京都の人口は鳥取県の22倍以上、神奈川県、大阪府は15倍以上、愛知県、埼玉県、千葉県も10倍以上の人口を擁しており、当時の参議院の選挙区改選数の73や、現行の74から47を引いた26や27では到底まかなえるものではない。 合区は必然であり、2016年の参議院選挙から鳥取と島根、徳島と高知の合区が行われ、選挙区改選数74の下、45選挙区となった。

 しかし、2015年当時の国勢調査で、東京都の人口は石川の17倍を超え、神奈川、大阪は11倍越え、愛知、埼玉は9倍越えといったわけで、74から45を引いた29で全くまかなえない状況であったことは、焼け石に水感もあるところであろう。

 堀田・根本・和田(2019)は、グラフ理論を活用し、改選数74でも、3カ所の合区を許し、44選挙区にすれば一票の最大較差を3倍未満にでき,8合区を許し、39選挙区にすれば2倍未満を達成することを示した。しかし、一票の較差1:2未満なら平等といえるのか、1:3未満ではいけないのか、それなら1:5でも許されるのではないか。これは匙加減論であり、一票の不平等の放置原因になっているといっても過言ではなかろう。

統治論に基づく一票の平等

 升永(2020)は、選挙における国民の「主権」行使の本質論として、【選挙とは、「主権」を有する国民(憲法1条)が、「主権」の行使として、「両議院の議事」(憲法56条2項)を「正当に選挙された国会における代表者を通じて」(憲法前文第1項第1文冒頭)、(即ち、間接的に、)国民の多数(即ち、50%超)の意見で、可決・否決するために、国会議員を選出する手続きである】(升永(2020, p.1)ことを主張し、【国会議員の過半数(50%超)】の賛成又は反対の投票が、(国民の過半数(50%超)から選出された)【国会議員の半数未満】の投票に優越して、「主権」の内容の一たる、「両議員の議事」の可決・否決を決定することが起こり得ることがあってはならないと要求している。(升永(2020, p.4))

 升永(2020, p.75)は【議員の過半数(50%超)を選出するために必要な(全人口又は)全有権者数の%】を示しているが、この夏(2020年夏)、著者である升永弁護士の依頼で精査を行ったので、以下にその計算方法を示し、更に、行ったシミュレーションによって、【国会議員の過半数(50%)超】を得るには【有権者の過半数(50%)超】から選ばれる必要があるような選挙区が、2010年12月に西岡武夫元参院議長が提示した9ブロック案(38合区)により構築可能であることを示す。

国会議員の過半数(50%超)を得るために必要な有権者数~2010年参院選を例として

 2010年の第22回参院選選挙区有権者数、改選数のデータを使って、改選数121(選挙区73,比例区48)の過半数を得るために必要な有権者数を求めてみよう。(表1

1st step

 全国一区の比例区を持つ参議院なので、比例区改選議員数(48)を有権者数の割合で選挙区に割り当て(F=48×(D/選挙区有権者総数))、比例区改選議員選挙区割当数(F)とする。
 選挙区改選数(C)に比例区改選議員選挙区割当数(F)を足し(G=C+F)、比例区付選挙区改選総議員数(G)とする。
 この値(G)で選挙区有権者数(D)を割ったもの(D÷G)が比例区付選挙区改選総議員数となるので、その降順でソートしておく。
 なお、ここで比例区付選挙区改選総議員数が一番小さい(一票の重みが重い)鳥取県を1とした比例区付選挙区較差を横に付したが、比例区が付いたことにより、較差は1:2.89であったことが確認される。ちなみに選挙区だけの較差を計算すると1:5.00にもなっていたことも確認することができる。

2nd step

 一票の重みが一番重い鳥取県から順番に比例区付選挙区改選総議員数の累積を求め、改選数の121の過半数である61議席目を選出する選挙区を確認する。(三重県)
 一票の重みが一番重い鳥取県から順に熊本県までで、比例区付選挙区改選総議員数(G)の累積で、59.307議席が得られるので、次に軽い三重県では、その比例区付選挙区総議員数1.694のうち、1.693(=61-59.307)議席を得れば61議席に達することになる。
 票の重みの一番重い鳥取県から順に熊本県までの選挙区有権者数の累積である39,676,738に、三重県の選挙区有権者数(1,503,886)のうち(1.693/1.694)分の有権者を加えることにより、比例区付選挙区改選総議員数61を得るために必要な有権者数41,179,631を得ることができる。

 以上より、過半数(61/121≒50.41%)を得るために必要な有権者数は、総有権者数の39.59%に過ぎず、60.41%の多数を持ってしても、39.59%の少数が押さえられないといった状況であったことが確認される。

国会議員の過半数(50%超)を得るために必要な有権者数~2019年参院選

 同様に、2つの合区が行われ、45選挙区となった、最新の2019年第25回参院選選挙区有権者数、改選数のデータを使って、改選数124(選挙区74,比例区50)の過半数を得るために必要な有権者数を求めてみよう。

 当然のことながら、多少は改善したものの、表2が示すように、過半数(63/124≒50.81%)を得るために必要な有権者数は、総有権者数の44.93%に過ぎず、55.07%の多数を持ってしても44.93%の少数が押さえられないといった状況であったことが確認される。ちなみに合区を2に止めた結果、選挙区だけの較差を計算すると1:3を超え、比例区付で計算しても1:2を超えたものとなっている。

国会議員の過半数(50%超)を得るために必要な有権者数~西岡参院議長案

 【国会議員の過半数(50%)超】の賛成を得るのには【有権者の過半数(50%)超】から選ばれる必要があるようにするためには、全国一区の比例代表制のみにでもするしかないのかというと、そうではない。2010年12月に出された、西岡武夫参院議長(当時)が提示した9ブロック案(38合区)を使うと、【国会議員の過半数(50%)超】の賛成を得るには【有権者の過半数(50%)超】が必要になるような選挙が構築可能であることを示しうる。

 最新の、2019年の第25回参院選選挙区有権者数、改選数(124)のデータを使って、過半数を得るために必要な有権者数を求めてみよう。

 西岡提案の9ブロックに対し、改選数124を持って、最大剰余方式および、米国下院(閾値幾何平均)方式、閾値対数平均、サンラグ方式(閾値算術平均)などの中庸な除数方式が与える(更にはこの場合、ドント方式も与える)比例近似の定数配分を与える。

 比例ブロックがなくなっているので、表3のようなシンプルな形で過半数(63/124≒50.81%)を得るために必要な有権者数が求められるのだが、この値は総有権者数の50.20%であり、【国会議員の過半数(50%)超】の賛成を得るのには【有権者の過半数(50%)超】が必要になるような選挙となっていることが確認できる。(一票の較差も1:1.10になっている。)

まとめ

 一票の平等(One-person, one-vote)は人と人との平等を求めるものであり、人為的な組織、集団を排し、個人に還元した平等、完全比例が追求されなければならない。

 選挙区数、総定数を与件として、有権者数(人口)比例に近似した定数配分を求めることはできる。しかし、現行の参院選挙区選挙のように、与えられた選挙区数、総定数があまりに非常識な場合には、求めうる最適解もとても比例配分とはいえないようなものになる。

 地理的、空間的な選挙区を作る限り、完全な1票の平等は難しいわけだが、それでも合区、ブロック化といった形で選挙区を作るとしたら、一票の平等をどこまで求めなければならないか。統治論に基づく人口比例選挙論は、【国会議員の過半数(50%)超】を得るには【有権者の過半数(50%)超】から選ばれる必要があるという要件を示し、そしてそれに対する解は西岡武夫参議院議長案をはじめ、存在するのである

参考資料

表4 升永弁護士の依頼により作成した計算結果

参考文献

Amari, Shun-ichi (2010) “α-Divergence Is Unique, Belonging to Both f-Divergence and Bregman Divergence Classes” IEEE Transactions on Information Theory, Vol. 55, No. 11, pp. 4925–4931.
https://doi.org/10.1109/TIT.2009.2030485

Balinski, M. and H. P. Young (1982), Fair Representation (Yale University Press, New Haven). 

 Birkhoff, Garrett (1976) “House monotone apportionment”, Proceedings of the National Academy of Sciences, 73(3) 684-686.
https://doi.org/10.1073/pnas.73.3.684

堀田敬介, 根本俊男, 和田淳一郎(2019)「参議院最適合区について」『選挙研究』 35(2) 86 – 102

Luce, R. D. and H. Raiffa (1957), Games and Decisions (John Wiley & Sons, New York).

升永英俊(2020)『統治論に基づく人口比例選挙訴訟』(日本評論社)

和田淳一郎(1991)「議席配分の方法としてのサン=ラグ方式」『公共選択の研究』18 号 p. 92-102
https://doi.org/10.11228/pcs1981.1991.18_92

和田淳一郎(1995)「一票の平等について」『公共選択の研究』26 号 p. 58-67
https://doi.org/10.11228/pcs1981.1995.26_58

Wada, Junichiro (2016) “Apportionment Behind the Veil of Uncertainty”, Japanese Economic Review, 67(3), 348-360.
https://doi.org/10.1111/jere.12093

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