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図書館と研究室と父

昨日、仕事で久しぶりに母校のキャンパスに入った。

中等部の前を通り西門から入って受付を済ませ、坂道登って研究室棟の前を抜け塾監局前を徐行しながら通り図書館旧館前で待機。

キャンパスの中の風景は新しい建物が増えてはいたりしたけど、幼少の頃から在学中と雰囲気は全く変わって無く、何処と無くゆったりした時間が流れてる感じで懐かしかった。

工事関係者が忙しなく出入りしてる図書館旧館を見上げてたら、唐突に幼少の頃の記憶が鮮明に蘇ってきて不思議な感覚に陥った。

不真面目が故に無駄に長く通ったキャンパスの思い出は、驚くくらいあまり無い。退屈な講義で眠気と戦ったり負けたり、生協で買い物したり、遊びに行く仲間をタバコをふかしながら探してたくらいしか残ってなかった。どんな学生だよ!

仏文学者だった父の研究室があった研究室棟には幼少の頃に母に連れられて何度も寄った記憶がある。
研究室棟の父の部屋はその頃住んでいた家と同様に本に埋もれていた。
書架に囲まれた中に「どこで書き物するの?」と言うほどに本や書類が無造作に積み上げられたデスクがあり、IBMの電子タイプライターが据えてあった。
床も足の踏み場がないくらい本が山になっていたんだけど、父本人はどこにどう言った本や書類があるかは把握していて、勝手に触ると怒られた憶えがある。
家の書斎も研究室も同じ匂いがした。あれは洋書の紙や皮表紙や埃の混じった匂いで、これもまた父に連れられて行った神田の田村書店の奥の方でも似たような匂いを感じた事があり、私の中では「アカデミックな匂い」とラベル付けされてたりする。

研究室棟の1階には教員談話室というサロンがあり、そこは文字通り教員同士で談話する場で、前を通りかかって中に知り合いが居ると「ちょっと◯◯さんと、、」と父が入って行き、付いて行くと子供には到底理解不能な話題でちょっとどころか小一時間話し込まれて、横でする事も無くひたすら話終わるのをイライラしながら待たされたりもした。
そんな中、鈴木孝夫さんと会った時だけは鈴木さんが子供が飽きない話をしてくれたり、ジュース買ってくれたりして、楽しかった覚えがあるが、鈴木さんと父の話には終わりが無く、どちらかの次の予定が無い限りエンドレスに話し込まれるので、子供としては嬉しかったり辟易したりで複雑だった。

父には三田に行くとよく図書館旧館や演説館の中を案内されたりしたんだが、このステンドグラスは云々かんぬん、ここは小泉先生がどうのこうの、この部屋で井筒先生とどうしたこうした、この本は福澤先生がどうたらこうたら、今にして思えばもっとちゃんと聴いておいて記憶しておくべきだったであろう貴重な蘊蓄なんだけど、子供には難しいし面倒臭い話ばかりだった。
山食と言う学食があるんだけど、そこで何度か食べた記憶もあり、大学生ってこんなもの食べてるんだと思ったり、あまり美味しかった憶えも無く、学生の頃はその記憶のせいで山食では食べずに近くの吉野家やジローや喫茶店で食べてた。

で、キャンパス内を散策し終えると、お待ちかねの時間がやって来る。おやつにキャンパス前の通りの向かいのビルの2階にあった東宝パーラーで、銀色の洒落た皿に乗った三色アイスクリームを食べるのが三田散策の仕上げパターン。アイスに釣られて母に連れてかれてたのが正解だとも言うw
帰りに近くの和菓子屋で祖母に黄味時雨をお土産に買って、それを渡した時の祖母の嬉しそうな顔も忘れられない思い出だったりする。

母が亡くなる前、ウチの長男がまだ幼稚園の頃に「ちょっとテンちゃん借りるわよ」と言って孫連れて夫婦で三田まで行き、新しく出来た施設の中を鈴木孝夫さんと散策したことがあったんだけど、その時の写真の中の両親はなんとも言えない嬉しそうな顔をしている。もちろん長男は憶えてもいないんだけど、帰ってきた母が自慢げに「テンちゃん、とっても良い子にしてて楽しそうだったわよ」と言っていた。多分あれが私がした一番の親孝行だった気がする。

#慶應義塾 #図書館 #研究室 #演説館 #東宝パーラー #鈴木孝夫 #山食

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