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僕が出会った風景、そして人々(番外編④)

僕はこの現場で、一人の青年と出会い、意気投合した。

名前は〇塚君、年は僕より2コ下だった。大学4年生で、夏休みを利用してアルバイトしていると言っていた。

休憩時間中、道端でぼんやりしている僕のところににじり寄って来て、「すいませーん、ちょっといいですかー。」と、何かの勧誘みたいに話しかけてきたんだ。

妙にのんびりしたしゃべり方をする奴だなと思ったが、何しろ僕は気が小さかったので、とりあえず如才なく返事をした。まあ、誰も知り合いがいなくて寂しい思いをしていたので。

「ボク、大学4年生で、最後の夏休みを利用してバイトしてるんですよね。Aさん(僕のこと)は、ほかに何かされてるんですか?」

(半ば自嘲気味に)「いやあ、特に何も。足立区の舎人ってところからこっちへ越してきて間もないんで、何かやらなきゃと思ってバイトしてるんですよ。・・・まあ、一応作家志望ですけど。」

「舎人ですか?いやー、ボク、大学が草加にあるんですよ。奇遇だなー。作家ですか!いいなー。ボク、文章を書ける人って、うらやましいですよ」

などなど、妙に人懐っこい青年であった。まさか、彼とはその後、ずっと付き合っていくことになるとは、このときは知る由もなかった・・・。

発掘現場のこと
さて、このへんで、発掘調査の周辺知識を少しご披露しよう。学術的な部分はともかく、どのような人々が、どのような環境で発掘調査を行うのか。その辺をわかりやすく説明していきたい。

まずは発掘現場の実態から。

僕が一番最初に入った現場は、たまたま調査会事務所に近かったので、現場と事務所を行き来することができたが、通常は現場にプレハブを建てて、そこを拠点として発掘調査を行う。

私の拙い記事の数少ない愛読者(❓)のひとり「るるらでらブランチ」様のご要望(❓)にお答えして、この現場プレハブについて説明しよう。

プレハブは、発掘現場の際、臨時に建てられるもので、調査終了とともに解体される運命にある。大きさは調査の規模や期間によってまちまちだが、僕が所属していた調査会のプレハブは通常2階建てで、1階には水洗いおよび注記施設と遺物を収納するコンテナ、調査員や作業員の食事スペースなどがあり、2階では石器や土器の実測、図面整理、執筆などの整理作業が行なわれていた。

今、サラッと書き流してしまったが、初めて読む方には何のことかわからない言葉があったかと思う。

水洗いというのは、調査で出土した土器や石器、石器を作る際に出た剥片(フレイク)や細かい石くず(チップ)などに付着した土を洗い流す作業のことである。
 遺物に傷をつけぬよう、刷毛(はけ)や歯ブラシなどで丁寧に洗い、水切りカゴと呼ばれる入れ物に入れて乾燥させるのだ。石器などで、微細な加工痕などを調べたいときには、水洗いの際に細かい傷をつけてはいけないので、超音波洗浄機を使って汚れを落とすこともある。

水切りカゴ

注記は、筆とポスターカラーを使い、遺物に直接さまざまな情報を記入する作業のことである。基本的には、遺跡名や調査次名(その年の何番目の調査かがわかる名前)、出土地点や遺構名、遺物番号などがわかるような文字や記号、数字をできるだけ小さな文字で記入する。

さて、行政などによる学術調査ではあるが、現場プレハブは総じて汚い。外には物干し竿が渡してあり、汚れた作業着などが干してあったりするし、プレハブの入り口には、泥だらけの安全靴やズック靴、長靴が散乱し、ベンチ代わりの木の切り株があったり、コンテナや水切りが積まれていたりする。

昼休みになると、外でキャッチボールをしたり、将棋を指したり、お祈りや瞑想(?)をしたり、芝居の稽古をしたりと、とても発掘現場とは思えない様相を呈するのが常だった。(すみません。きっと今はちゃんとしていると思います・・・)

だいたいは、現場を指揮する調査員によってそこの現場のカラーが決まるものだが、実際には、調査員の指揮下で作業をする補助員たちのキャラクターが、現場の雰囲気を大きく支配することになる。

僕が初めて入った現場は、前にも書いたように市役所の職員が主任調査員で、彼を補佐する調査員も大学の専攻生だったので比較的まじめでおとなしい雰囲気だった。
 僕も、これが普通の発掘現場なのだと思ったし、安心した。

ところが、〇塚君いわく・・・。

「なんだか、やけにおとなしい現場だな。去年の夏休みに入った現場はスゴかったですよ。面白いヒトや不思議なヒトがたくさんいたな」

その一言が、僕をそこはかとなく不安にさせた。

ほどなくして、僕はそれを実際に経験することになったのだ・・・。

(まだまだ続く)







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