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僕が出会った風景、そして人々⑨

はじめにアルバイトありき

共同で一軒家を借りて、自由気ままな暮らしをしていた僕たちだったが、酒代を捻出するのが一苦労だった。

一緒に住んでいたI君は、行き当たりばったりの僕に影響されることなく真面目な大学生活を送っていたので、親からの仕送りはあった。
 けれど僕の場合、途中で勝手に大学を辞めてしまったので、さすがに親のすねをかじるわけにもいかず生活費は自分で稼ぐ必要があった。

当時、井の頭に住んでいて足繁く我々の下宿を訪ねてきていたO君も、郷里の高校を中退して上京し、芸大を目指して勉強していた頃だったので、僕に負けず劣らず貧乏暮らしだった。

けれどもお金が入るとすぐに酒屋へ行き、安いウイスキーを買ってきてしこたま飲んだ。
 当時の僕たちにとって、ご飯を食べることよりも、お酒を飲む事の方が大事だったんだろう、たぶん。

ということで、我々は食費を得るべく、下宿の大家さんにお願いしてボイラー掃除のアルバイトをすることになった。
 大家のTさんは、東北出身の素朴なオジサンで、ボイラー整備の会社を経営していた。
 家族経営の小さな会社だったが、職人さんたちが一癖も二癖もある役者ぞろいで、仕事はキビシかったが、それ以外はとても楽しい思いをさせていただいた。

愛すべきボイラー掃除人たち

当時一緒に仕事をしたオジサンたちを、僕の頼りない記憶をもとにご紹介しよう。ただ、すでに数十年の月日が過ぎ去っており、彼らの名前は殆ど覚えていない。よって、キャラクターを想像しやすいようなニックネームをつけてみた。

メフィスト

船橋に住む、赤ら顔で赤毛のオジサン。仕事以外の時はいつも酔っぱらっていて、「うひょひょ!やってらんねえよ!」というのが口癖であった。

メフィストというあだ名は、実写版「悪魔くん」に登場した悪魔メフィスト役の俳優さんにあやかった。
 潮健児うしおけんじという人で、ひょうきんな悪役といった役どころの多い俳優さんだった。この潮健児さんを赤ら顔にして茶髪にするとそっくりなのだ。あと、歯が欠けていたので口元が少しユルかった。
 いわゆるチャキチャキの江戸っ子というべきか。飲む・打つ・買うの三拍子そろった豪快&破滅的な人物で、当時の僕にとっては、それだけで充分尊敬に値するオジサンであった。
 一度、千葉県の東金とうがねというところで大型ボイラーの整備の仕事があり、Tさん率いる精鋭チームが出動したことがあった。その中には掃除名人のメフィストとオマケの僕も含まれていた。
 そういえば、車(トヨタ・ハイエース)で現場に向かう途中、山の中で「モータリストホテル・ニューオータニ」という看板を見つけて皆で大笑いした。モータリストの部分がとっても小さく書かれているので、一見すると「ホテル・ニューオータニ」と読んでしまうのだ。

さて、肝心のボイラー掃除はというと、水管ボイラーと呼ばれるタイプで、しかも特大級の大きさだったが、僕以外、手練れ揃いであったので、何事もなく夕方までには掃除を終えて帰途に就いた。

メフィスト奮戦す!

帰りの車中でTさんがこう言った。
 「〇〇さん(メフィスト氏の本名)よ、アンタの家まで送るよ。ここから近かったな」
 そう、彼の家は船橋にあったので、帰る途中で立ち寄ることができたのだ。だが、そんなTさんのちょっとした心遣いが、メフィスト氏の心意気にスイッチを入れてしまったのだ。

ほどなく、一行6人を乗せた車はメフィスト宅に着いた。
 一仕事終えて俄然、元気が出てきた彼は、当然のごとく我々を自宅に誘った。「んじゃあ、ちょっとだけ」Tさんは仕方なさそうにそう言ったが、彼もまた酒好きな男であった。
 飲むほどにTさんの目尻は下がり、口元もなんだかだらしなくなっていくようだった。
 「ぐへへ。もう帰るべよ。」
 そう言いつつも、杯を重ねるTさん。
 「うひょひょ!やってらんねえよ!Tさん、帰る前にもう一杯行こう。おい皆、今日はオレのおごりだァ!」

そう。そこからが江戸っ子メフィストの独壇場であった・・・。

まずは船橋の鮨屋に行き、美味い鮨をご馳走になった。もちろん全部メフィストのおごりだ。
 この時点で、おそらく彼の日当の数倍のお金が消えたと思う。
 しかし、江戸っ子の勢いはとどまるところを知らなかった。
 続いて、メフィスト行きつけとおぼしき場末の(失礼。。)スナックに連れて行かれた。
 実はここからが本当に面白いのだが、清く正しいNOTEの方針に抵触しては困るので、その後の出来事は割愛させていただこう。

同行した面々の中には、Mr.佐田(佐田啓二にちょい似のクールなオジサン)や強面こわもて兄貴(本当にコワい顔をしているが実は優しい)もいた。
 彼らについては回をあらためてご紹介するが、メフィストに勝るとも劣らぬ魅力的なキャラクターであった。
 そんな彼らもこの夜ばかりは霞んで見えるほど、メフィストの活躍ぶりはあまりに豪快であった・・・。

さて、その夜遅く、すっかり酔っ払った一行を乗せたトヨタ・ハイエースは、京葉道路をフルスピードで舎人に向かってひた走った。
 ドライバーはTさんの長男、Cさん。彼だけは誘惑を振り切って一切酒を飲まなかったので、僕たちは無事に家までたどり着くことができたのだ。

”大人の世界って、奥が深いな”僕はしみじみそう思った。

こうして、僕の生活はますますハチャメチャな無頼の世界に傾いていくのだった・・・。

(続く)
 
 

 





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