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『ライトマイファイア』 文庫化記念特集 【伊東潤メールマガジン】第九十九号

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こんばんは。伊東潤です。
今夜もメールマガジンをお届けします。


〓〓今週の目次〓〓〓〓〓〓〓


1.はじめに

2. 『ライト マイ ファイア』刊行記念特別インタビュー
ー作品に込めた思い

3. 『ライト マイ ファイア』刊行記念特別インタビュー
ー伊東潤の考える「面白いミステリー」

4. おわりに / 感想のお願い

5. お知らせ奉行通信
新刊情報 / イベント情報 / Voicy・ラジオ出演情報


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1.はじめに

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いよいよ秋も深まり、新しい総理大臣も岸田文雄さんに決まりました。いったいどんな日本にしていくのでしょうね。

さて、昨今はSNSの普及によって、以前に比べれば若者にも政治への関心が高まっているように感じます。

しかし、かつて若者たちが中心となった「政治の季節」がありました。学生運動の時代です。
私が大学生となった1982年には、まだキャンパスに、べニヤ板に政治的主張が殴り書きされた「タテカン」と呼ばれるものが多数あり、
それっぽい学生が多数生息していました。

学生時代の私は政治よりも文学に興味があったので、政治活動にはかかわらない四年間を過ごしました。それでも友人の中には、プチ全学連的な活動をしていた人がいましたが、私が大学生だった80年代よりも、60年代後半から70年代が、学生運動は全盛期でした。そういう意味で、学生運動華やかなりし頃の残り香を嗅いできた私にとって、学生運動はたいへん興味のある対象でした。

学生運動関連の事件の中でも、白眉はやはり「よど号ハイジッャク事件」でしょうね。連合赤軍の「あさま山荘立て籠もり事件」は警察官を狙撃するという暴力性で、その前段の集団リンチ事件は陰惨さから全くカッコよさは感じられないのですが、「よど号ハイジッャク事件」だけは「してやったり!」感があって好きでした。

そんなことから、いつか「よど号ハイジッャク事件」をベースにしたミステリー小説を書きたいと思ってきました。しかし事件をそのまま描いたのでは、数多くあるノンフィクション作品には敵いません。そこで何か一つ、物語を展開していく鍵となる「仕掛け」が必要だと考えていたのです。

しかしその鍵は、摑めそうでなかなか摑めませんでした。そんな中、ふと浮かんだのが、「よど号ハイジッャク犯の中に公安がいたら」という仮説です。このアイデアを思いついた瞬間、物語がむっくりと起き上がってきました。

そして書き上げたのが、私にとって近現代ミステリーの二作目にあたる『ライトマイファイア』です。
 
さて今回は、10/7に発売される本作の文庫化を記念して、今回のメルマガはインタビュー特集をお送りします。

ただしこのインタビューは、単行本発売時の対談記事をベースにしています。対談の場合、相手がおり、著作権に抵触する可能性があるため、私の発言のみ取り上げる変則的なインタビューにさせていただきました。

なお関連情報としては、以下もぜひご参照下さい。

伊東潤の「近現代小説の魅力」と題して、『囚われの山』発売時に行った早見俊氏との対談は、こちらでご覧いただけます。
https://itojun.corkagency.com/torawarenoyama/

皆さんが本作について言及いただいたツイッターを集大成したものはコチラです。
https://togetter.com/li/1245523


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2. 『ライト マイ ファイア』刊行記念特別インタビュー
ー作品に込めた思い

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――本作を書いたきっかけは何ですか。

「以前から学生運動、とくに『よど号ハイジッャク事件』に興味があり、物語にできないかと考えていたこともありますが、『よど号ハイジッャク犯の中に公安がいたら』という仮説が浮かんだことで、一気に具体性を帯び、ストーリーラインやアイデアがほとばしるように出てきたという感じですね。今更ながら、よくぞこれだけ複雑な構成の物語をものにできたと感心しています」

――本作は「近現代を舞台にしたミステリーの二作目」という位置づけですね。

「そうです。最初に『横浜1963』を書いたのですが、これが好評で「自分はミステリーに適性があるのではないか」と自信を深めました。しかし二作目で読者を失望させるわけにもいかず、とんでもないものを書いてやろうと意気込んでいたのです」

――どこかのインタビュー記事で「最近、戦後昭和を物語として書いても違和感を抱かなくなった」と仰せでしたね。

「はい。私が若い頃は、全学連も『よど号ハイジッャク事件』も生々しいもので、証言者も多数いたため、とてもノンフィクションに敵いませんでした。しかし平成になり(筆者注 : 単行本発売時は平成)、随分と昭和が遠くなったというか、地続きではなくなったという感を強く持ったんですね。それでフィクションというか人間ドラマとして描けるのではないかと思い始めました」

――なるほど。しかしこれまでも学生運動を描いた小説作品はありましたよね。

「はい。立松和平さんの『光の雨』といった名作もありましたが、どれも若者たちの内面に斬り込もうとする作品ばかりでした。それはそれで素晴らしいのですが、純文学臭が強くて、今の時代に沿わない気がしました。それで『よど号ハイジッャク事件』をベースにして、痛快無比なミステリー&冒険小説を描いてやろうと思ったのです」

――つまりエンタメ性がたっぷりなので、政治的なことや思想性を考えなくても十分に楽しめると。

「そうです。当時の時代背景や政治思想についても書いてありますが、できる限り抑えました。私の本領はあくまでエンタメ文芸で、本作はノンストップで読ませるミステリーです。そこには気負いや衒いもなく、読者にひたすら『楽しんでほしい』という願いがあります」 

――その心意気やよしですね。とはいっても当時の時代性というものはありますよね。

「その通りです。そこのところは十分に懐かしい風景を描き込んでいます。私の作品はどれもそうですが、その時代、その現場にお連れするという考えに貫かれています。つまり『どうすれば読者をタイムスリップさせられるか』です。その意味でも、本作は一つの到達点だと自負しています」

――とくに北朝鮮のシーンは、すごい迫力ですね。

「よど号ハイジッャク犯たちの向こうでの生活の記録があるんです。例えば、『宿命 「よど号」亡命者たちの秘密工作』(高沢皓司 新潮社)や『謝罪します』(八尾恵 文藝春秋)などといった参考文献に書かれています。それらを基に書いているのでリアリティがあるのだと思います」

 ――お気に入りのシーンはありますか。

「本作の白眉の一つとして北朝鮮からの脱出行がありますが、自分的には新宿西口地下広場のフォークゲリラ騒動から淀橋浄水場の跡地でのキスシーンや、ハイジャック実行の前日、主人公の琢磨と桜井紹子が結ばれるシーンですね。とくに後者は私の生活圏内の日常的風景なのですが、それを異世界のように美しく描けたので、感慨もひとしおです。結局、ハードボイルドやノワール大好きなんて言いながら、ラブシーンが思い出深いものになってしまいました(笑)」

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