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「いいね」からいちねん、離れて見た

じゅんこ

昨年の9月から、1年間Twitterを離れていました。今までの投稿も全部消して、まっさらにして。

TwitterはDMのみチェック。たまにTLは見ちゃうけど、発信は一切しない。(初めはしてたけど年明け以降は一切やめた)LINEとMessengar、DiscordのDMで基本は連絡する。そうやって1年間過ごしてみたら、生きられてしまった。

「私」に連絡をくれる人のありがたさを知る

TwitterやInstagram(以降SNSとして言います)で投稿すれば、フォロワーから反応がもらえるし、何気ないやりとりで遊びや企画が決まることだってある。

SNSを絶つと、偶然の出会いはなくなる。そのうえ、コミュニティからも距離を置いていたので、会社と家、恋人くらいしか連絡する人がいなかった。自分の好きなゲームをやり、会いたい人にだけ勇気を出して連絡し、おいしいものを食べる。

そうすると、人付き合いの苦手な私にでさえ、何人か連絡をくれるのだ。「私」宛にくれるDMやLINEって、こんなに嬉しかったんだなあ。2011年からたえずTwitterで誰かと繋がっていて、近況がわかる状態だった。だから、知らないうちに誰でも私のこと知ってるって勘違いしていたような気がする。

連絡をくれる人は私に会いたいって思ってくれたり、話したいって思ってくれる人だ。全部に応えることはできなかったけれど、たまのおしゃべりはごちそうだった。


伝えたい人に伝えたい内容だけ伝える

SNSで自分の現状を言わなくなってから、周りの人にきちんと話すようになった。今の職場で悩んでいること、新しい仕事に就きたいこと、はたまた家族のことも。140字で収めなくていいし、想定していない第3者に知られるリスクも少ない。自分がこの人に話そう、と決めて話しているから、納得感もある。

2月、3月はかなり不安定だったけれど、早めに色々なところに頼ったおかげで、4月からは住みやすい街で暮らせるようになった。

「何かあればおいで」と言ってくれた人たちには感謝しかないし、体調が悪くて予定をキャンセルしても次に会って遊んでくれる人たちがいてくれたおかげだった。

「今」を楽しむ

良い知人、友人に恵まれたのもあるけれど、自分を褒めるとするなら「いまこの時間を感じてる」をたくさん拾いにいったのが、よかった。
拾うというのは語弊があるけれど、3コードだけだけどギターが弾けるようになって楽しいとか、オンラインでゲームして負けて悔しいとか、仕事に耐えられなくて終バスに飛び乗って都会から離れるとか、なんでも感じるようにしたのだ。

旅行に行ってもSNSで共有しない。その場を全力で楽しむ。知らない「誰か」の視線を気にしない。

私に必要な時間だった。


まとめておきたいことは、少しずつnoteにこぼしておきたいな。

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