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音楽の聴き方とその名乗り方~東京女子流を軸に考えて

少し前に発売された東京女子流の通算4枚目のアルバム『Killing Me Softly』。いやぁ、アイドル作品という垣根を越え、フルスペックで良いアルバムだと言えます。もちろん、アイドルという枠組みの中でもしっかりと成立するだけのキュートでセクシーな要素が詰まってもいます。

東京女子流といえばアイドルが現象として盛り上がってきた時期、「アイドル楽曲派」と呼ばれるリスナー層に大きく受け入れられた存在でもあります。2ndアルバム『Limited addiction』がCDショップ大賞にノミネートされるなど、ビジュアル、パフォーマンスだけでなく、楽曲のクオリティも魅力として武器にしてきたことが、今現在の彼女たちを支えている1つの要因だと言えるでしょう。

『Kiling~』を2日に1回はヘビロテしている自分ですが(ヘビロテかな!?)、このタイミングでこのブログを目にしました。

・レジーのブログ アイドルと自意識、アイドルの自意識17 - 「楽曲派」はアイドルマーケットに貢献できるのか

共感したところも疑問視したところもあったけど、全体として「楽曲派」という形態を東京女子流を軸にとても解かりやすく噛み砕いています。自分も間違いなく「楽曲派」だと思うし、女子流のアルバムに対して称賛を贈りたいのも、素晴らしい楽曲ありきでのこと。

そしてこの記事に関して自分が疑問視していた部分を、今度は小娘さんが以下のブログ記事にて言い切ってくれていました。

「アイドル楽曲派ってなんだべ」 - 小娘のつれづれ

特に"アイドルが「楽曲に特にフォーカスしてる人たち」に見つかったのも結局音楽の詳しさや質そのもの以上に、やっぱブームによる各個人への「イメージの越境」が大きかったんじゃないかと"というフレーズには、自らの耳が痛くなる反面、そういう"イメージ"がいろいろなタイミングでバチッとハマらないと、今は評価にすら繋がりにくい時代なのかな?と感じました。

以上の記事を読んだのち、自分はツイッターでこうつぶやいてます。

ちょっと関係ないことまで呟いてるけど、日頃洋楽からアイドルまでとにかく「なんでも聴いてる」人って意外と多いとは思ってます。本当に音楽を趣味として聴いてる人は少ないのかもしれないけど、ただでさえ少ない比率なのにその中で「なんでも聴いてる」という雑食性の高い人っていうのは、あまり信用ないとは思いません?

レジーさんとも小娘さんとも違って自分はアイドルという観点や「楽曲派」という枠組みではなくて、音楽の聴き方とその名乗り方みたいな方向に思考が向っているので、あまり統一感のない感想になってしまいそうだけど。ただ、死語化しつつある方の「楽曲派」と言いつつも、やっぱり可愛い女の子や、そんな子たちが身を粉にして歌い踊る姿にときめくか否か、って部分は結構自分の中で大事にしている部分ではあります。特に女子流は確実に少女から女としての進化を遂げていますし、『楽曲派』といってもこういう人間的な部分に注目するかどうかも楽曲の判断基準になってくるんじゃないかな、と。

そういう意味も踏まえて、6/15に日比谷野音にて行われた東京女子流のツアーファイナルはとても良かった。

まさにジャスト!なタイミングでの総括ライブ。生バンドで表現されることでシンセ処理されたサウンドも力強い生々しさを持っていたし、過去曲も『Killing~』に合わせて大人びた装いへと変貌していたのが、成長と進化を同時に楽しめた理由だと思う。

たぶん近年だと嵐『LOVE』やArctic Monkeys『AM』も同じような到達感を作品からは感じるし、女子流のアルバムもしっかり大人へと成長している5人が昇るべき階段の踏むべき段に足を付けた作品だと、自分は解釈しています。

この野音の模様は6/20(金)に2.5Dにてダイジェスト放送されるらしいので、まずはライブから観てみるのもいいかもしれません。(東京女子流 「4th JAPAN TOUR 2014」@日比谷野外音楽堂ライブスペシャル 

成長成長と連呼してましたが、下に見る初期の彼女たちと比べればそう連呼せざるを得ない気持ちもご理解頂けると思います 笑


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