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【試し読み】今週の死亡者を発表します | 電気泳動

第7回ジャンプホラー小説大賞銀賞受賞作品『今週の死亡者を発表します』が、6月17日より各書店にて電子配信されております。
講評では「呪いのスケールが大きくなるのではなく、逆に範囲が狭くなっていくというアイデアと、そこから抜け出そうとする主人公の行動がうまく展開できている。呪いの発動場面の描写力も高い。」とされた本作、是非ご一読くだい。

あらすじ

「日本に住む」、「十五歳以上」――毎週月曜日になると、その週に死亡する人間の条件が発表される「呪いの予告サイト」があるという。
田舎の高校に通う冬彦は、同級生の沙知と手を組みサイトの謎を調査することに。だが、呪いは着実に二人に迫り......!?
カバーイラスト:ゆどうふ

今週の死亡者を発表します

 細見ほそみ冬彦ふゆひこがその話を聞いたときにまず思ったのは、そんなうわさどこから見つけてくるのだろうということだった。

 昼休み、皆に画面が見えるよう机の上に無防備にスマホを置き、身振り手振りを交えて話す鈴木すずきめぐを見る冬彦の目は、あまり熱心なものではない。

 元々、現実に「そういうもの」があると信じる方ではない上に、創作物としてもそれほど興味がない。加えて、伝えられた内容がどうにも聞いたこともないようなものであったので、「よくそんなこと考えるな」というのと「よくそんなもの見つけてきたな」という感想になったのだ。

 赤いフレームの眼鏡めがねがトレードマークのこの少女、恵は普段からネットではこうだとか、最近はこんなものが流行はやっていて、という話をする。冬彦にしたってスマホくらい持っているのだから、本当に流行っているものは知っているが、恵のする話は半分くらいが初耳のものだった。冬彦にとっては、どこから持ってきたのかもよくわからないさん臭い話に思えた。

 とはいえ、こんな田舎いなかの高校では、インターネットを通じて世界とつながるのが主な娯楽の一つとなってしまうので、彼女がそういう噂の情報を集めるようになるのも無理からぬことなのかもしれない。

「『呪いの予告サイト』ねえ。リンク貼ってくれよ」

 食事中はあいづちばかりだった周防すおう和己かずきが、食べ終えた購買の弁当のごみをまとめながら言う。

「あ、はいはい」

 恵は机の上で皆に見せていたスマホを手に取り、その場にいる冬彦、和己、そしてここまで黙っている田内たうち小夜さよの三人にリンクを送った。先ほど見せられた雑なサイトの作りからセキュリティの点で不安を感じる。冬彦はそのリンクをタップするのを躊躇ためらったが、和己が開くのを横目で確認してからサイトへ飛んだ。

 画面には、二〇〇〇年代のような古臭い作りのサイトが表示されている。無地の灰色背景にじかに文字が表示されていて読みにくい。その上スマホ用のレイアウトは用意されていないようで、横長の画面を想定された表示は画面の下半分以上に無意味な余白を作っている。冬彦がスマホを横にすると多少はマシになったが、それでもピンチインとアウト、スクロールを駆使しないと、内容が読み取りにくかった。

 そんな二十年近く前から放置されているかのようなサイトの中で、表示されている日付だけが二〇二一年現在のもので、内容も相まって多少の不気味さがあった。

「幽霊もHTML書けるんだな。あんま上手うまくないけど」

 和己が鼻で笑う。このサイトの情報を持ってきた恵は、痛いところを突かれた、という顔をした。

「まあそこはねえ。でもテンプレートとか使いこなしてたらそれこそ笑っちゃうし」

「ちゃんと利用元にリンク飛べたりな」

真面目まじめな呪いもあったものだねえ」

「あー、へえ」

 談笑する二人に、冬彦はあいまいに相槌を打った。それを言い出せば、さだに対しても「幽霊がビデオなんて文明の利器に?」と思った人たちもいただろうし、更にさかのぼれば、文語体から口語体に変わったことに幽霊界の変革を感じた人もいたのだろうか、というくだらない思考が浮かんだためだ。だが、どうでもいい事であると判断し、冬彦は黙っていた。

 会話に加わらず静かに笑っていた小夜が、そのほほみは崩さぬまま助けを求める目で冬彦を見たので、冬彦は場の会話の主導権を奪わない程度の声量でHTMLの説明を彼女にする。

「なるほど……わかっ、た、多分。ありがとう」

 多分わかってなさそうなお礼を言って小夜が視線をスマホに落としたので、冬彦も再びサイトを探索した。

 トップページから、2021.9.6という最新の日付へページを遷移させると、今週分らしい文章が書かれている。

 このサイトにまつわる噂の趣旨はこうだ。

 これは呪いのサイトだ。このサイトに呪われた者は一週間以内に死ぬ。

 毎週月曜日に、その週に死ぬ者がサイト上で告知される。そして次の月曜日になると、前の週に死んだ者がサイト上で発表される。すなわち、月曜日には先週に犠牲となった者と、今週に犠牲となる者が同時に掲載されるのだ。

 ここまでならわかりやすい死の予言だが、このサイトには他のオカルト話ではあまり聞かない変わったところがある。予告される「死ぬ者」というのが、特定の個人ではないのだ。もっと広い、不特定多数を含むもの。

 初めは、「ほんの誰か」というひどく投げやりなものだったようだ。週が明けると、こくのとある県で起きたらしい水難事故の死者の名前が記された。

 二週目には、「日本の誰か」のうち「十五歳以上の誰か」となった。そして、その週の終わりに、今度はきゅうしゅうでビル飛び降り自殺が起き、月曜日にその死者の名前がサイトに掲載された。

 そうして、死ぬ者の範囲は毎週少しずつ絞られ、必ず一人死亡する。

 最初の更新から四週間が経った今週分のページには中央揃ぞろえで一文ごとに改行されこう書かれている。

「呪いの予告 以下に当てはまる一人」

「日本に住む」

「十五歳以上」

かんとう以西に住む」

「四十歳未満」

みょうが漢字二文字」

 追加された予告の範囲は一番下の行に来るため、今週追加されたのが「苗字が漢字二文字」のようだ。冬彦は「はい」か「いいえ」で答えられる質問で相手が思い浮かべているものを当てる遊びのことを思い出した。逆に言えば思い浮かぶのはそれくらいで、呪いのサイトとして、およそ「怖い」と感じられるような意味が思いつかない。苗字が漢字二文字だったからなんだというのだろうか。

 そう思いながらその下へ視線をやると、何行分かのスペースを空けて何の説明もなく「すぎえい」という名前だけがポツリと記載されている。

 その名前をコピーし、別タブで検索する。するとすぐに、交通事故のニュースがトップに表示された。先週の金曜日にあい県で杉野英二という二十六歳の会社員がトレーラーとの衝突事故により死亡している。これが先週分の呪いの犠牲者、ということなのだろう。

 このサイトの呪いの真偽はさておき、事故とはいえ実在する人間が死んでいるとあってはあまり気分の良いものではない。冬彦はまゆをひそめて、ブラウザごとそのサイトを落としてスマホから目を離した。

 その様子を見ていた恵が冬彦に声をかけた。

「どう? 怖くない?」

「怖いというか……趣味が悪いと思うよ」

 冬彦が率直な感想を言うと、和己がツッコミを入れる。

「ははっ、呪いに趣味も何もないだろ。……まあ呪いとするなら、だけどな」

「ちょっとちょっと、信じてないねえ」

 恵は面白くなさそうに言う。

「いや、悪い意味じゃないぜ? これが本当に呪いのサイトで、予告した人間を呪い殺してるってのもオカルトだが、そうじゃなくてもオカルトだ」

「どういうこと?」

 冬彦が尋ねる。

「呪いじゃない、つまり普通の生身の人間がこのサイトを管理していて、予告した範囲の人間を毎週殺して回ってる、って考えたら十分ホラーだろ」

「……僕的にはそっちの方が想像ついてぞっとするな」

「私としては呪いのほうが興味をそそられるんだけど、まあそういう解釈もネットでは割と多いね」

「その言い方、このサイトってもう結構広まってるの?」

「一部でって感じかな。ネットロア好きのコミュニティがあって、そこでは最近結構話題だよ。日本のトレンドってほどでもないけど」

 そう言って恵はまた自分のスマホの画面を皆に見せるが、掲示板形式の、じみのないサイトが見えただけで、流行りの具合を実感するには不十分な情報だった。冬彦はへえと軽く言って反応を終えた。発言こそしないが、小夜も曖昧に笑うだけだった。

「真偽や解釈はともかくさ、不気味じゃない?」

 一連の冬彦のリアクションからこの話を怖がってくれる脈があると判断したようで、恵は愉快そうに追求を続ける。知らない人とはいえ死者が出ていることに冬彦は不謹慎さのようなものを感じてあまり気分が良くなかったが、場の空気を読んで質問を続けた。

「まあね。……でも、その呪い? なんだったらさ、何かいわくとか、うらみを持って死んだ人とかっているの」

 すると和己がその質問に被かぶせるように続ける。

「ふむ。確かにこれじゃあ、何かを壊したとか、どこかに足を踏み入れたとかそういうきっかけも一切ないな。節操ないというか」

 先ほどの発言もあるし、彼も少なくともこのサイトが何かの「呪い」であるとは信じていない様子だった。

 サイトには、週ごとに死を予告した対象と犠牲者の名前が記載されているだけで、他には何の記載もない。誰が何の目的でこんなことをしているのかに関しては全く情報がないのだ。

 クリティカルな指摘だと思われたが、恵はすらすらと答える。

「それには考察班がいてね」

「考察班? さっきのコミュニティのか?」

「そうそう。その人たちによると、恨みを持った誰かっていうより、いろんな無念の集合じゃないかって。予告の範囲があまりに広くて、無差別的というか、具体的な意味を感じないから。それと、そんな呪いの範囲内で自分が選ばれて被害に遭うなんて理不尽じゃない? そこから、呪いに込められてるのも、そういう不運な事故の被害者とかの『なんで私が』という恨めしさが、このサイトを作ったんじゃないかって」

 その考察に和己は多少納得したようで、先ほどまでよりも関心を見せた。

「ほう。確かに、理不尽に死んだ人たちは、具体的な誰かを恨むでもなさそうだ。しいて言うならきっと世界そのものが恨めしい。何もしていなくてもサイトから勝手に死をもたらされる理不尽さは、自分と同じ目に遭う仲間を増やそうとすると見ればホラーとして納得感もある。……ネットの人も筋の通った解釈を考えるもんだな」

 その喰くいつきに恵は満足げだ。

「でしょう? 案外しっくりくるよね。他にも予言者の力試しとか、未来人の嫌がらせとかって考察もあったけど」

 自分でも解釈を深めていくようにうなずいていた和己だったが、ふと頷きを止めて尋ねる。

「じゃあ何で呪いの範囲が狭まっていくんだ?」

「それは……」

 言いよどむ恵が、ちょうどよいものを見つけたといった感じで、話を逸そらす。

「あ、さよっち怖がらせちゃった?」

 スマホをちまちまと操作しながら、発言することなく話を聞いていた小夜に恵が声をかけた。ちらと横目で彼女の画面を見ると、「ネットロア」の意味について調べていたようだ。

「ううん。大丈夫だよ」

「そ、そう?」

 穏やかに笑う小夜に恵はそれ以上特に言うことが無いようだった。

「よくわからんってことがわかった」

 下手へたな話の逸らし方だったが、和己はため息をいて、これ以上聞いても無駄だというように自分のスマホで調べ物を始める。

 話題が途切れるのを感じて冬彦が口を開く。

「これ通報とかしなくていいの?」

 真っ当な指摘に思われたが、「通報」という仰々しい響きに対して、恵はあっけらかんと答える。

「いやあ、本当に殺してるならまだしも、今ってただの事故だし。場所もバラバラ。事件とかの類いではないでしょう。というか、コミュニティでも、後付けで死亡事故持ってきてるだけって言われてるし」

「信じてないんじゃん」

 あきれ顔で冬彦が言う。かく言う冬彦も信じてなどいないのだが。

「オカルトを楽しむコツの一つだよ~。それにコミュニティの人たちも今後どうなるか気になる人たちばっかりだから。それこそ、狭まっていく理由とかも明かされるかもしれない。範囲がこのまま狭くなっていってそれでも予告通りに人が死ぬなら、後付けじゃなくて予言だってことになるだろうし」

「鈴木さん、それ結構怖いこと言ってるよ」

「まあまあ。きさらぎ駅もはっしゃく様さまも作り話なんだから、気にしない気にしない。あとは変にSNSとかで話題になり過ぎて、プレッシャーでサイトの更新がなくなっちゃったら嫌だねって話が出てて、そんなに広めないようにしようってなってる」

「完全に仕掛け人がいる前提の発言だね」

「ネットロアとして期待してるのは確かだよ。今後の展開が気になるし」

「じゃあ今お前が俺らに話してるのもあんまりよくないんじゃないか」

 スマホを触りながらも耳だけは傾けていた和己が指摘すると恵はまた痛いところを突かれた、という顔をした。

「……噂は広めてなんぼだからねえ。……ではでは」

 そう言って退散し、恵は他のグループの方へと歩いて行った。

 和己と冬彦はため息を吐き、小夜は苦笑した。


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